プロローグ

夜の街 9

 「……ってか、俺たちだけか? その、確か、ササキも幹事だろ? 」
 今この場にいるのが、自分と本宮、そしてあゆみだけであることに涼は疑問を覚えた。すると、あゆみは全く気にもしない口調でこう答えた。
 「えっと、ササキ君は当日の盛り上げ役をやるって仰ったんです。それで、盛り上げ役の方が大変だから、準備は私がやるようにって――」
 (ああ、やっぱり……押しつけられたのか)
 あゆみの言葉に涼は内心微苦笑を浮かべた。昔からそうだったが、あゆみは相当なお人好しだ。しかも、自分のそういう部分が体よく利用されていることすら理解っていない。だいたい、準備の方が当日の盛り上げ役よりも色々な打ち合わせ等で手間もかかるし大変だろう。何故そこに気づかないのやらと、自然と涼の唇からは溜息が零れた。
 (まぁ、そこが可愛いっちゃ可愛いが……ササキ潰し決定だな)
 あゆみが事務室へスコップを借りに行っている間、涼は物騒な笑みを口元に浮かべてそんなことを考えていた。すると、本宮が涼に小声でこう囁いてきた。
 「なぁ、涼……五月ちゃん、相変わらずお人好しだな。準備やら一人で押しつけられてさ、すげー可哀想じゃねー? 」
 そんなことは言われなくても理解っていると、だから当日潰すのだと言いたくなったが、そこは本宮の手前、涼は冷たい口調で返す。
 「お節介だな、お前も。五月本人は全っ然気にしてねーみてーだし。だいたい、ここでとやかく言ったって、もうどーにもなんねーし」
 「うわ、冷てー奴。いいさ、俺だけでも五月ちゃんを助けてや……」
 「誰が助けねーって言った。でも、五月にどーのこーの言うのはやめとけよ」
 二人がそんなやり取りを交わしている間に、あゆみがスコップをえっちらおっちら運んで来るのが視界に入った。元々小柄な体型のあゆみが大きなスコップを持って来る様子は、スコップを運んで来るというより、引きずって来るという表現の方が正しい。涼は慌ててあゆみの側に駆け寄り、半ば奪うような形でスコップを持ってやった。ここで「重そうだから持ってやる」などと多少の思いやりのある言葉の一つでもかけられれば良いのだが、残念ながら今の涼にそんな言葉などかける余裕など欠片もなかった。まさに、いっぱいいっぱいだったのである。
 「あ……」
 「ったく、こうもたもたしてっと、日が暮れちまう」
 「ご、ごめんなさい」
 あゆみは申し訳なさそうな表情でしゅんとなった。別にそんな表情をさせるつもりはなかったのにと、涼は内心反省していた。だが、それを表に出せるほど器用でもなかった。結局、見るに見かねた本宮が間に入り、何とかタイムカプセルを掘り出す作業に取りかかることができた。そこまで言うほどじゃないが、やはり力仕事だということで、涼と本宮は穴掘り、あゆみには作業後に飲むジュースを買いに行って貰った。男二人、スコップを手にタイムカプセルを掘る。
 「不器用だよな、お前も」
 涼の横顔を見つめながら、本宮がぼそっと呟いた。
 「黙れ」
 「……好きなら好きって言えばいいだろ。ってか、そうすりゃ、お前の女遊びも収まるだろうに」
 「んな簡単な問題じゃない」
 「女ったらしのお前の相手、真面目な五月さんがしてくれるわけねーから? 」
 「そうじゃねーよ……昔、五月にすげー酷いこと言って泣かせた、から」
 「ああ、あの『鳴沢君、大嫌い』発言か」
 余程印象深い発言だったのか、本宮は懐かしそうに目を細めた。
 「ん」
 それは卒業前のバレンタインの日、同級生たちの間で「五月が涼を好きらしい」という噂が立った。普段はひどく大人しいあゆみが涼に対しては文句を言う、それが噂が立った理由であった。そして、事件は起こった。
 「……ねぇねぇ、鳴沢君。五月さんのこと、どう思ってる? 五月さんがさぁ、こんなチョコを靴箱に入れてたんだけどさぁ」
 放課後、取り巻きの女子生徒の一人が面白がるような口調で手作りらしきチョコレートを片手に何度も何度もしつこく訊いてきたので、涼はうんざりした口調でこう返した。
 「五月ぃ? あんなチビブス、興味ねーって。ってか、俺を好きだとか、迷惑で最悪だよ」
 涼は照れ隠しのつもりで取り巻きから件のチョコレートを取り上げ、ぽんと放り投げ、乱暴にぐしゃりと潰した。まさかそれをあゆみが近くで見ていたなんて思わなかった。

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