夜の街 6 「……ねぇ、どうしたの? 急に黙り込んだりなんかしてぇ」 背中に抱きついてくるリホの温もりが酷く鬱陶しくて、涼は黙って立ち上がり、シャワールームに向かった。 「うぜぇ」 バスルームの鏡に向かって、涼は低い声で呻いた。久々に遊んだせいなのか、リホの態度が酷く鼻につく。備え付けのシャワージェルを使って、先程までの戯れの汗と微かに漂うリホの香りを一気に洗い流す。先程、明日の同窓会のことを話すと、「あたしも行きたい」なんて、いかにも彼女面して主張してきた。 「お前とは遊びだから、嫌」 そうはっきり言ったら、リホは確実に泣くだろう。泣かれたところで別に気持ちは揺らぎはしないのだが、正直面倒だ。泣いてる女ほど厄介なものはない。どうでもいい感情論をくどくど並べ立てて、いつまで経っても話の筋が見えてこない。言いたいことがあるなら、分かりやすく話せと言えば、「冷たい」となじられる。もっと始末が悪い女になると、シンユウとかいう仲間を連れてきて、一緒になってぴーちくぱーちく感情論を並べ立てる。それを想像すると、涼の眉間には自然と皺が出来ていた。しかしながら、女はそうやってしばらく泣き叫んだ後、「仕方ない」なんてあっさりと別れてくれるはずだから、まぁ、それもそれで楽なのかもしれない。 「……リョー、一緒に入ってもイイ? 」 ガラス戸越しに聞こえる、鼻にかかったリホの甘え声に、涼の眉間には更に皺が寄った。 (うぜぇってんだろうが、つーか、お前とこれ以上関わりたくねーんだよ) 涼は蛇口を強く捻り、水音でリホの声が聞こえないフリをしようとした。しかし、この点については、リホの方が一枚上手だった。 「……返事がないから、入って来ちゃった」 ガラス戸を無遠慮に開けて、リホは身体にタオルを巻いた姿で飛び込んで来た。涼はどこか不機嫌そうな視線をちらりと投げると、リホの横をすり抜けてバスルームを後にした。 「リョーってばぁ……何か、怒ってるぅ? 」 (ああ、お前の存在自体にな。さっさとうせろ! ) バスルームから聞こえてくるリホの声に、涼は素早く身支度をし、そう内心悪態をついた。そして、壁に掛けてあった姿見を見据えた後、涼は携帯を開いた。リホに文章だけの簡潔な別れのメールを送信し、さっさとメールアドレスを変更する。元々、リホに携帯の番号は教えていないから、一応これでリホからの連絡は絶える。これでリホとはオシマイだ。リホとは3ヶ月遊んだ、涼にとっては結構長い方だ。 「じゃーな」 涼は小声でそう呟き、ドアに向かって足早に歩き出した。リホは何も知らずに流行の歌を音程を微妙に狂わせながら口ずさみ、ご機嫌でシャワーを浴び続けている。あの調子なら30分はバスルームから出てこないに違いない。つまり、リホは携帯に別れのメールが来たことにも、自分が部屋を出て行ったことにもしばらくは気づかないだろうと、涼は分かっていた。これも、いつもと同じパターンだ。 「……ああ、連れは後から出て来るから。釣りは取っといて」 涼がホテルのフロントでそう言って、1万円札を出すと、そこに座っていた中年の女はそれを受け取った。そして、どことなく下卑た笑みを浮かべて、小さく頷いた。 「……んで、峰谷はどこに停まってんだか」 ホテルを出て、繁華街特有のごみごみとした通りを見渡すと、道路脇に見慣れた車が停まっていた。正直、この通りには明らかに不似合いな黒塗りの高級車である。 (ったく、場に合った車、用意しろよな。んな車じゃ、目立つだろーが) 涼がふと微苦笑を浮かべると、酷く自然な様子で運転席からスーツ姿の峰谷が出てきた。そして、お辞儀をしながら、穏やかな口調でこう話し始めた。 「涼様、おかえりなさいませ」 「説教は聞かねーぞ」 「ご心配なく。お嬢様方とのお別れの仕方については、お咎めする気はございません」 「へぇ……けど、何か含みがある言い方だな」 「ええ、出来れば、もっと良いお嬢様と、良い場所でお遊び下さい。涼様ともあろうお方が、あんなお嬢様と、こんな場所で――」 もう、慣れてはいるが、峰谷の忠告は普段は常識的なのだが、たまにポイントがズレる。主人である涼を思うあまりのことだろうが、たまに「人間としてその発言はどうよ? 」と問いたくなるようなことを言ったりする。まぁ、女を飽きたらあっさりポイ捨てするような自分が言うのも何だが、多分、峰谷もどこか人間としてズレているのだろう、涼は微苦笑を浮かべたまま、後部座席に乗り込んだ。 |