プロローグ

夜の街 4

 「……涼、お前、来週の日曜、どうする? 」
 「ん……来週ぅ? 何かあったか? 」
 不意に佐山から話を振られ、涼はそう聞き返した。何でも、瀬田と涼が話している間に、佐山たちは、来週日曜にある小学校の「同窓会」に涼が参加するかどうか、賭けたらしい。
  「……まぁ、身体が空いてればな」
 涼は佐山の問いかけにそう答えた。今のところ、来週の日曜は予定らしい予定は入ってはいないから、行くつもりではある。しかしながら、今、適当に遊んでいる女たちからの誘いが入れば話は別だった。
  「……つれない返事ですね。せっかく来るのに」
  「へぇ、誰が? 」
 思わせぶりな長屋の言葉に涼は、訊く気もないくせに、そう訊き返した。どうせ、当日集まった同級生の中に自分好みの女がいるかもしれないとでも言うつもりだろうと、涼は内心たかをくくっていた。だから、長屋が次に発した言葉に不意打ちを食らった。
  「サツキさんです」
  「え……で、で、何だよ」
 サツキ、その名前を聞いた途端、涼は慌てて長屋に背を向けた。名前を聞いただけで、頬が一気に赤く染まるのを、動揺するのを見られたくなかったからだ。しかし、声ですっかりバレてはいるのだろう。背後で佐山と本宮が必死になって笑いを堪えているのが判る。サツキこと五月 あゆみ、彼女は涼の初恋の相手だった。そして、遊び歩いてはいるが、実はまだ好きな相手だった。
  「……彼女とササキ君が今回幹事をするんですよ。ほら、こんな葉書が来たでしょ? 」
 長屋が目の前に差し出した薄桃色の葉書に涼は素早く視線を走らせた。そこには少し丸めの書体で同窓会の日時や場所、そして出欠を知らせるメールアドレスが印字されていた。そして、通信欄に手書きで長屋に宛てて、「会えるのを楽しみにしています」というメッセージが書いてあった。しかし、涼はこの葉書を受け取った覚えがない。つまり、行くにせよ、行かないにせよ、まず出欠を知らせるメールすら幹事に送っていない。
  「これ、いつ届いた? 」
  「一ヶ月前くらいですよ。涼さんの場合、実家に届いてるんじゃないですかねぇ」
 涼が実家に帰っていないという事実は、彼と今は付き合いのない人間は知らないはずだからと、長屋は付け加えた。
  「……ミネヤは何も言ってなかったけどな」
 涼は自分の世話係として、まるで影のごとくいつも付き従っている青年の名を出した。ミネヤは涼の世話係であり、あまり帰らない彼と実家である鳴沢家を繋ぐパイプラインとでもいえる人物である。すると、一体どこで待機していたのか、涼より頭一つ分ほど背の高いスーツ姿の青年がすっと現れた。だが、青年のこうした神出鬼没の登場は涼や佐山たちにとっては既に慣れっこだったため、誰も驚きはしなかった。
  「お呼びでしょうか、涼様」
  「……呼んではねーぞ、峰谷。まぁ、ちょうどいい。俺宛ての郵便物に、コレと同じもんなかったか? 」
 涼は峰谷の鼻先で薄桃色の葉書をひらつかせ、そう問いかけた。
  「ええ、ございました。しかし、こんな葉書一枚で涼様を煩わせてはならぬと――」
  「まさか……処分したとか、あっさり言わねーよな? 」
 涼と峰谷の間に流れる空気が段々と険悪になっていくのを、佐山たちはひしひしとその肌で感じ取っていた。あまり表情には表れてはいないが、明らかに不機嫌な涼と全くそれを意に介していないような微笑を浮かべた峰谷。峰谷の返事が今後の事態の鍵を握っていた。涼のその問いかけに、峰谷は相変わらず穏やかな声でこう答えた。
  「いえ……ただ、幹事の方には『参加』ということでメールをいたしましたが? 」
 そして、峰谷は懐からそっと涼が持っているのと同じ、薄桃色の葉書をそっと取り出すと、彼に手渡した。
  「ったく、勝手に出席の返事なんかすんじゃねーって」
 涼はそう言いながらも、どこか嬉しそうな様子で文面を追った。峰谷はそんな涼の様子に、ひどく優しい眼差しを向けていた。
  「……峰谷さん、もしかして、知ってた? 」
 涼に聞こえないように小声で、佐山が峰谷にそう尋ねた。
  「何をですか? 」
  「その、今度の同窓会の幹事の娘って……」
  「ええ、それは……ただし、お相手の方はそうでもないようですけど、ねぇ」
 峰谷が微苦笑を浮かべて言った言葉の意味を佐山たちはすぐに知ることとなった。
  「……そっか、そう、だよな」]
 涼の唇から零れたのは、そんな呟きだった。


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