プロローグ

夜の街 2

    ライブが始まって数分も経たないうち、ブースは先程まで閑散としていた様子が嘘のように、客で埋まっていた。
  (どっから涌いてきたんだろうな、この連中……ってか、他のブースから? )
  涼は歌いながら、薄暗い観客席、客にちらりと視線を走らせた。ほとんどが自分たちと同世代と思われる客たちなのだが、ある一角だけ、非常に異様な雰囲気を醸し出している集団があった。こてこてのゴスロリファッションの少女たちのそれである。別にゴスロリファッションが悪いわけではないが、どうも場の雰囲気に合っていないのがステージからもよく判った。
  (隣の『Frau』のライブに来てた連中か? うわっ、何か変なの振ってるし)
  涼はうんざりしながら、歌い続ける。その意図はよく理解らないが、少女たちは、曲のリズムに合わせて妙な光る棒を振っていた。それが余計に自分たちを異様に見せていることに気づいているのか、いないのか、その辺りの判断は出来なかった。まぁ、たとえ異様であれ、仮にも聴いてくれていたわけだから、有り難い話なのかもしれない。
  「本当、『Frau』のやつらの情けない顔ったら、傑作だったね。あっちのファンの娘がこっちに来てたもんだからさぁ」
  ライブ終了後、機材の片付けをしながら、本宮は酷く興奮していた。運営スタッフの話によれば、何でも、「ROA」のライブが始まってから、隣の「Frau」のブースから相当数の観客が消えたらしい。無論、それら全ての観客が「ROA」のブースに来たとは言えない。しかし、「ROA」のブースに詰めかけた観客の中に「Frau」からの人間がいなかったとは言えないのが正直なところである。
  (本宮……お前、ストライクゾーン、広過ぎ。俺、あーいうの駄目なんだけど――)
  本宮のハイテンションぶりは、きっと件のゴスロリグループに彼好みの娘がいたせいだろうと分析しながら、涼はふっと溜息をついた。ぶっ続けで歌っていたせいだろう、喉が渇く。ジュースでも買いに行こうかと、ふと立ち上がろうとすると、不意にこう声をかけられた。
  「あ、あのっ……ライブ、良かったです」
  声と一緒に差し出されたペットボトルに涼がのろのろと顔を上げると、先程のゴスロリ集団の一員らしい少女がおずおずとした微笑を浮かべていた。
  「そ、そりゃ、どーも」
  佐山たちの手前、せっかくのファンに冷たくするのも気が引けて、涼は微苦笑気味にそう答えた。本宮が背後でキーキーと何か言っているところを見ると、目の前の少女がどうやら彼のお気に入りだったらしい。
  「……あのっ、ファンになっちゃい、ました」
  涼がちらりと見ただけで少女は頬をうっすらと染めた。それと比例するように、背中に突き刺さってくる本宮の恨みの籠もった視線が増す。
  (だーかーら、俺は興味ねーって)
  実際、今の涼は女に困ってはいない。むしろ、掃いて捨てるほど余っている。だから、目の前の少女は眼中にないのだが、本宮にそう説明したところで、結局は普段から自分はモテないと嘆いている、いや、喚き散らしている彼には確実な嫌味になってしまうだろう。
  「また、来ます……そ、それじゃ」
  涼の頭痛の種を知らず知らず蒔いたまま、少女はそう言ってブースから出て行った。
  「……いいよな、涼は」
  少女が立ち去った後、本宮がそう呟いた。怒りを通り越し、すっかり拗ねてしまっているようだ。
  「何が? 」
  「女にモテて、羨ましいって話だよ」
  本宮の吐き捨てた言葉に涼は唇を微かに歪めた。色々と言いたいことはあった。だが、それを仮に本宮相手にぶちまけても、何にもならない。ただ、憐れまれるだけだろう。それが嫌だからこそ、ただ唇を歪めた。
  (女たちが好きなんのは、俺自身じゃなくて、俺の外見と家柄なんだよ。俺がどういう人間かなんて、ちっとも見てくれやしねー)
 そんな、声にならない呟きは棘となり、胸の奥で更に鋭さを増して、ぐさりと心に突き刺さる。今すぐにでも喚き散らしてやりたくなる、痛み。だが、それを表に出すわけにはいかない。実際、それを表に出したところで、誰かにぶつけたところで、それは何にもならない、ただ憐れまれる結果になるから。
  「……涼さん、お客さんですよ」
  長屋に不意に肩を叩かれ、涼はふっと我に返った。
  「は? 俺に客ぅ? 」
  涼が怪訝そうに長屋にそう聞き返すと、彼が返事する前に、誰かに軽く頭を小突かれた。
  「よぉ、涼」


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