夜の街 16 結局、佐山お目当ての「ナナセ」は現れなかった。途中のメンバーのMCによれば、ナナセが急に今日のパフォーマンスに出られなくなったのだという。理由は言えない。ただ、折角来てくれたギャラリーへのお詫びに、来週のこの時間、必ず踊ることをというアナウンスがあり、落胆していた佐山は何とか持ち直したようだった。 「……来週かぁ。待ち遠しいよなぁ」 パフォーマンス終了後、涼は佐山と並んで夜の街を歩いていた。歩きながら、まるでデートの日を待ちわびる乙女のようにうっとりとした表情で佐山は呟いた。そんな友人の恍惚とした横顔に多少辟易しながらも、涼はそんな彼がやはり羨ましかった。 「……なぁ、涼」 「んー? 」 「今度さ……みんなで遊び行こーぜ」 「みんな? いつものメンツでか? 」 みんなと言われ、涼はいつも連んでいる、本宮と長屋を思い浮かべ、目の前にいる佐山をじっと見つめた。すると、佐山が首を横に振った。 「おいおい、野郎4人で遊んだって、面白くないだろ。だから、女の子も誘うんだよ」 「はぁ、女も? アテはあんのか? 」 「いや、だから……今、長屋に交渉させてんだよ。アイツ、女には受けいいじゃん? 」 「ああ、まぁ……たまーに、コアな動物豆知識ネタでドン引きされるけどな」 涼がそうカラカラと笑うと、不意に佐山の携帯がメール着信を告げた。 「おっ、噂をすれば長屋からだ……なになに、『カマキリのオスは交尾後、メスのカマキリに捕食されることが多い』って、何だよ、このどーでもいい豆知識は」 頭を抱える佐山に涼は長屋のメールを長屋風に解釈してこう答えた。 「それ、『僕らがたかられるだけだから、やめませんか? 』って長屋なりの忠告だろ? 」 「はぁ? 何だよ、それぇ」 「ほら、長屋って確か都田と微妙にイイ感じだろ? だから、余計な火種はいらねーんだろ。お前も、女とか誘って、宮田に誤解されたらどーすんだ? それこそ、俺の心配してる暇なんかなくなるぜ」 涼はそうからからと笑った。すると、佐山が小声でぼそりとこう呟いた。 「いや、誘ってるのは五月さんたちのグループだぜ。そーやって友達巻き込んで話進めねーと、五月さん、警戒して出てこなさそーだろ? 」 佐山の呟きに涼は思わずぎょっとした表情で彼を見返した。佐山はしてやったりという表情でにやっと笑うと、こう続けた。 「五月さんとお前がくっつけば、その友達の宮田と都田との俺らの恋路も上手くいくんじゃねーかと、俺ら二人は淡ーい期待を抱いてんだよ。涼、お前、友達は大事だろ? 」 「はん。他人の恋路に期待すんのはやめてくれや。だいたい、お前、俺が五月と上手くいくわけねーだろ。その、今は両想いかもしれねーけど……その、実際、付き合ったら駄目ってこともあんだろ? 結局、人間なんて欲深いだけだってーの。多分、俺はさ、五月を遠くから想ってるだけで満足だから」 まだお互いにお互いを想い合っているだけならいい。実際付き合い始めたら、結局「相手にこうして欲しい」だの「ああして欲しくない」だの、とりとめのない欲が芽生えるだろう。自分の方がそうした傾向が強いだろうと、涼自身、嫌なくらい予想している。それがまだ五月から受容される間はいいが、それが拒絶されるようになったら、それこそ悲惨だ。最悪、ようやく繋がった心がそうした欲望が原因で一気に離れていくことだってある。 「……お前、そーいうの考え過ぎって言うんだぜ。ココでうだうだどーこー悩んだところで、五月さんのこと、好きなんだろ? 付き合いたいんだろ? それ、俺らの年代じゃすげー普通だろ。何でそんなに考えんだよ」 佐山の言葉は確かに正しかった。そんな余計なことなんか考えずに、あゆみにぶつかっていけばいいだけなのだと、涼もよく理解っている。しかし、それでもし駄目になった時のダメージも大きい。それが涼にはたまらなく怖くて、佐山の言葉にただ黙り込むしかない。そんな涼の様子に苛立ったのか、佐山が再びぼそりと呟いた。 「……ってか、他のヤツに聞いたんだけど、五月さん、あー見えて結構ヤバい連中にモテんだとよ」 「んだよ? 」 「ほら、五月さんってまず純粋だし、実際の年より幼いし、ちみっこいじゃん。まぁ、ある種の連中にとっちゃ、恰好の――」 佐山はそこで言葉を濁し、ちらりと涼の表情を窺い、苦笑した。今の自分が最高に情けない表情なのだと、涼は笑うに笑えなかった。 |