プロローグ

夜の街 15

 「ああ」  
 佐山の問いかけに、涼はあっさりと肯定の返事をした。街のネオンに照らされた涼の横顔は心なしか、ほんのりと赤く染まっていた。そして、頬を染めた涼は真剣な低い声で更にこう続けた。
 「……本当(ほんと)に好きだからこそ、これ以上近づいちゃいけねーのかなって思って、さ。実際、こんな俺が側に寄っていったら、いくら『好き』ったって、五月が迷惑、すんじゃねーかなって」
 「それ、言い訳だろ? 結局、お前は五月さんの本当の気持ちを知るのが怖かったから、実際、今こうやって逃げてんだろ」
 「ああ……けど、はっきり言うよな、お前。ちったぁ、オブラートに包めや」
 「俺がオブラートに包んだ言い方しても、お前、絶対に認めねーだろ。無駄にお前と長く連(つる)んでねーから、そう言うんだぜ」
 「ん、それも理解ってるさ……けど、五月がそれをどう思ったか、ってのが、そもそもの問題じゃねーか? 」
 「んー……まぁ、実際『銀の鳥籠』でもお前の話、結構有名っぽいぜ。別にあそこでマルヤマに言われなくても、お前のたらしの噂は知ってたかもよ? 」
 「佐山、それ、慰めになってねーし」
 「何、涼、慰めて欲しいの? 男の俺に? 」
 「げーっ、さすがにんな趣味はねー……ってか、お前もココで何してんだよ? 」
 「ん……実はさ、今日、この辺りで『プリンセス』がパフォーマンスをやるらしいんだ」
 「『プリンセス』? ああ、最近街で噂になってる、ダンスチームのことか……メンバーはみーんな女で、実力はあんのに、大会には出ずに路上で踊ってるっていう。確か、チームのリーダーは俺らより少し上の黒髪の女で、確か名前は――」  
 涼は先日あっさり別れたリホから以前聞いたことのある、『プリンセス』に関する噂を記憶の隅から引っ張り出そうとした。すると、佐山がどこか興奮した口調でこう言った。
 「ナナセ! ダンスもメンバーで一番イケてるし、すげー見た目もカッコいいんだ。でな、今日は普段は他のメンバーがやってるソロを彼女が踊るんだ。これは見逃せねーだろっ! これを見逃したら、俺、明日から生きていけねーし」
 「んな、オーバーな。お前との付き合いは長いけど、お前がんなにミーハーだとは思わなかったぜ……本当(ほんと)は、お前、ちーちゃんよりも、その、ナナセって女の方と付き合った方がいいんじゃねーの」  
 涼のからかい半分の問いかけに、佐山はムキになってこう主張した。
 「いや、ちーちゃんとナナセさんは違うぜ。だって、俺はちーちゃんとはキスしてーけど、ナナセさんにはそんなことは出来ねーし――」
 「バカ、冗談だってーの。本気にすんなや」  
 涼は本気でブツブツ言っている佐山に半ば呆れたようなまなざしを向けながら、彼に付き合うことにした。どうせ、今夜はもう用事はない。
 「ふぅーん……つーか、お前がそこまで言うんだから、相当すげーんだな、そのチーム。俺も観てみたくなっちまった」
 「だろだろ? 涼も観たら、ぜってーナナセさんをリスペクトするぜ」
 「で、どこで演るわけ? 」
 「だから、多分、この辺」  
 佐山の言葉に涼は思わずこう訊き返した
 「はぁ?! 」
 「『プリンセス』はストリートでのゲリラパフォーマンスが基本だから、実際ホムペにもはっきりとした場所の情報は載ってなくて、ただ『3丁目の雑貨屋のあたり』的なことしか分かんねーわけ」  佐山は「よくぞ訊いてくれたぜ、友よ」と言わんばかりに、得意になって、『プリンセス』のミステリアスな活動について、かなりコアな内容まで延々と語り出した。普段の佐山は非常に穏やかな男なのだが、その彼がそんな風に語る姿に、涼は内心少し驚いていた。  
 (やっぱ、好きなことになると、人間って結構変わるもんなんだな。俺は、何が好きなんだろう……ああ、考えても判んねーや。女と遊ぶのはまぁまぁ嫌いじゃねーけど、そこまで熱くは語れねーし。つーか、俺の好きなことって――)  
 涼がそんな回想に浸っている間に、急にノリのいいヒップホップ系の曲がどこからともなく流れ始めた。
 「おっ、始まったぜ」  
 佐山の声に涼がふと音のする方へ視線をやると、揃いの黒のTシャツに紺のジーンズ、赤いバンダナを頭に巻いた少女たちがどこからともなく現れ、踊り出した。
 「あれ……ナナセさん、いないっぽい」  
 不意にぽつりと洩れた、佐山の落胆の声に、涼は微苦笑を浮かべ、彼の肩をぽんと叩いた。

<< Back   Next >>