夜の街 13 同窓会の夜、涼は繁華街にあるファッションホテルにいた。無論、一人ではない。遊び相手のエリと一緒だった。 「……ねぇ、リョウったら、聞いてるぅ? 」 先程まで散々聞かされ続けたエリの甘え声が鬱陶しくなって、涼はベッドから出た。そして、部屋に備え付けの冷蔵庫からコーラ缶を取り出しながら、不機嫌そうに返事をした。 「ああ、一応」 「一応って……だからぁ、さっきのハナシ、ちゃんと考えてってばぁ」 「さっきの話って? 」 涼はコーラを飲みながら、未だにベッドの中でうだうだと何かを言っているエリに問い返した。別に話を聞いていなかったわけではない。いちいち真面目に話を取り上げて、エリの相手をするのが馬鹿らしかったのだ。 「だからぁ、今付き合ってるコ、いないんでしょ? だったら、カノジョにしてくれたっていいじゃんってハナシよ」 エリのその言葉にリョウは掌の中にあった、飲み終えたコーラ缶をくしゃりと潰した。 「なぁ、なら、訊くけど……何で俺のカノジョになりてーわけ? 」 涼は冷たい口調でエリにそう尋ねた。すると、エリは相変わらず甘えた口調でこう答えた。 「そりゃ、リョウのこと、スキだからに決まってるじゃないっ。当たり前じゃん」 「スキ」という言葉がエリの唇からこぼれた瞬間、涼はとてつもない吐き気に襲われた。先程飲んだコーラまでもどしたくなるのを必死で堪えるしかない。 「ねぇ、リョウ……リョウだって、アタシのこと好きだから、シタんでしょ? 」 「…………」 エリのその問いかけに涼は答えなかった。別に吐き気を堪えるのに必死だったとか、返す言葉が見つからなかったというわけじゃない。エリに返す言葉は比較的シンプルだ。ただ、「お前が簡単にヤラせる女だったから」と言えばいい。だが、さすがにそれを今言えばどうなるかくらいは理解っていた。 「何で黙ってるのぉ? 」 「…………」 「……あーっ、もしかして、リョウってなかなか『スキ』って言えないタイプぅ? 可愛いとこもあるんだぁ」 エリは涼の沈黙をどう勘違いしたのか、彼の背中に甘えてきた。正直なところ、かなり鬱陶しく暑苦しい行為だったのだが、涼は珍しくエリにそれを続けさせた。 「確かに……言えねーよ」 涼の脳裏にふとあゆみの姿が浮かんだ。あの時、照れ隠しの悪態なんかつかずに、素直に好きと言えていたら、きっと今頃はもっと上手くいっていたかも、しれない。だが、そんなことを考えたところで、所詮過去の「もしも」だ。今さらあれこれ考えたところで、今の現状は変わらないのだと、涼は微苦笑を浮かべ、脳裏のあゆみの映像を振り払った。涼のそんな回想を当然ながらエリは知らない。それゆえ、更に調子づいて、こう喋り続けた。 「でしょぉ。だから、女のコからのアプローチが必要かなぁって……ねぇ、リョウったらぁ」 不意に執拗に顔を覗き込んでくるエリの顔とあゆみの顔が涼には何故かダブり始めた。エリは茶髪、あゆみは黒髪。エリはかなりケバいメイク、あゆみはほぼノーメイク。エリは大人顔負けのプロポーション、あゆみはまだ発展途上。その間には随分と隔たりがあるというのに、何故か両者が重なってしまう。 (願望か……いや、むしろ現実逃避だな) 涼はその原因に思い当たり、ふと苦笑いを浮かべた。先程、ベッドで甘い声を響かせたのが、今、ここでこうして自分の背中に甘えているのが、あゆみならどれだけ嬉しいだろうという願望に基づいた、実際にはありえない出来事。実際、多分あゆみはエリのように簡単にコトをさせてはくれないだろうし、まず自分に「スキ」とも言ってくれないだろう。 「ねぇ、リョウ」 そう囁いてくるエリの声さえ、「ねぇ、鳴沢君」というあゆみの声に聞こえてくる。さすがに涼自身、もう限界だった。 「……悪りぃ、ちみっと用事を思い出したから、帰るわ」 何とかまだギリギリのラインでの平静を保ちながら、これ以上エリと一緒にいたら、彼女にあゆみの姿を重ねて抱いてしまいそうだと判断し、涼は素早く帰り支度を始めた。 「えーっ、嘘でしょぉ。まだまだこれからだよぉ……まさか、これっきり、じゃないよね」 「マジ、悪りぃ……また、今度な」 涼はそう言いながら、頭の中であゆみに対して不埒な行動をしてしまいそうな自分に嫌気がさしていた。拒絶されてなおあゆみを想ってしまう自分が情けなくて、不満げなエリを部屋に残したまま、夜の街へと向かった。 |