第四章

突き放す優しさ 4

 涼が何とかあゆみに手紙に書いていた話を全て説明し終えた頃には、彼女と姉たちの住むアパートの前に辿り着いていた。とはいえ、手紙を書いた後で判ったこと、七世の別に好きだった男、八葉が彼女を金蔓として騙していたことは伏せた。
 「七世さん……大丈夫、なんですか? 」  
 涼の話を聞き終えた後、あゆみがぽつりとそう問い返した。あゆみは本当に素直かつ人を疑うことを知らないのか、すんなりと涼の説明を信じてくれたようだった。
 「え? 」
 「だって……その、私に電話してきたのって、七世さんの恋人さんなんですよね? その、誤解してらっしゃるんですよね、その見合いが本当だって」
 「……ん」  
 まさか、八葉が全てを承知の上で七世を騙していたとは言えないまま、涼は渋い表情を浮かべた。
 「だったら、誤解、解かないと」
 「いや……その――」  
 まさか結果としてその二人が破局したのだと言うわけにもいかず、涼はごにょごにょと言葉を濁した。すると、いきなり脇腹に、軽めの左ストレートを喰らった。
 「……下手な隠し事はやめといた方がいいわ。あと、そのヤツハって男の新しい金蔓(ターゲット)って、この娘だから」  
 アユミだった。現在覚醒しているあゆみの意識を力技で抑え込んでの登場だろう。涼は人格の切り替えについて、全く何も知識も持たないが、それがあゆみにとって負担の大きいものだというのは容易に想像がついた。そのため、思わず涼は声を荒げた。
 「……お前、何やってんだよ」
 「あ……怒ってるし。まぁ、あの娘には悪いことしたと思うけど、今アンタがまだ隠し事して後で色々と揉めたりすんの嫌だから」
 「……さっきの言葉、どういう意味だ」 「ああ、あのヤツハの話。まぁ、この娘も色々と事情があんのよ。んで、その事情で、金蔓(ターゲット)にされちゃってんのよね」
 「事情? 」
 「そ……アンタ、以前(まえ)に浅姉の話、聞いたでしょ? でさ、まぁ、あたしらの生物学的な父親ってのはどうなったと思う? 」
 「……もうこの世にはいねーとか? 」
 「残念。しょっちゅう、テレビに出てるわ。まぁ、あたしらは観ないけど」
 「え? 」
 「ヤナセ コーヘイって知ってる? 」
 「ヤナセ コーヘイ? ああ、顔は見たことある」  
 ヤナセ コーヘイこと柳瀬 康平は先日終わったばかりの人気ドラマで主人公を厳しくかつ暖かく見守る父親を演じた人物である。その影響なのか、放送終了後、ドラマの役柄である「良き父親」のイメージで注目され、最近はゴールデンタイム番組の司会やゲストなど、幅広く活躍している舞台俳優である。そういった芸能ニュースに全く興味がなかった涼ですら名前を言われれば顔が浮かぶのだから、それなりに有名な人物なのだろう。
 「……その、まだ関わり、あんのか? 」
 「あるわけないじゃない。あの時、『慰謝料も養育費もいらないから、もうこの娘たちに近づかないで』って母さんが念書書かせたから。まぁ、あっちも『愛人と一緒に娘を虐待してた』なんて過去には触れられたくないでしょ、注目されてる今はなおさら」  
 アユミの口調はどこか刺々しく、憎しみに近い悪意すら感じ取れる。しかし、その奥底には言葉に出来ない何かが潜んでいることを涼は感じ取っていた。
 「……憎んでんのか? 」
 「そりゃあね……けど、アイツがいなければ姉貴たちやあの娘、そしてあたしも生まれてなかった、から。複雑、だよね」
 「……だよな」  
 涼はそのアユミの言葉に自分を重ね合わせていた。涼自身、自分を生んだ女を憎んではいるが、彼女がいなければ自分が存在していなかったという事実に目を背けられるほど子どもではない。
 「今まではそこまでアイツが注目されなかったから、誰も気に掛けなかったのよね、それ……でも、今のアイツはさ、あの娘関連のことを必死で隠したいんだよね。ほら、イメージを守らなきゃなんないでしょ。そのためなら、いくらでも金を積むんじゃない」
 「そこに八葉は目をつけたわけか……それで、五月に付きまとってるわけだ」
 「そう……まぁ、『仲良くなって彼女に相談されました。彼女の今後のためにも』ってのを装うんじゃないかと思うのよね。あの電話の時も『キミにはあんな奴は勿体ない』的なこと言って口説いてたし」
 「あんな奴? 」
 「アンタのことよ、バカ涼」


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