第四章

突き放す優しさ 18

  艶のある黒髪に健康的な肌色、やや小柄な体格と年齢の割に幼げな顔立ち、そして保護欲をくすぐるような優しくて甘い声、おまけに、あの可愛くて優しい性格である。あゆみを彩るそんな要素を考えれば、アユミの忠告は酷く適切だ、と涼は思った。
  「まぁ……普通に『あのコ』だけだったら、理想よねぇ。もし、あたしみたいなオマケがついてるって知ったら、殆どの連中が無理だろうけど」
  そんな涼の心を読んだのだろう、アユミはどこか自嘲的にそう呟いた。涼はそんなアユミの言葉に苦笑いしながら、こう答えた。
  「お前、バカか? 五月がああしてられるのは、お前がいるからだろ。お前の存在価値、理解できねー奴のことでいちいち悩むなよ」
  「じゃ……アンタだって、逢ったこともない女のことで自分を追い詰めるのやめれば? 」
  「え……あっ」
  自嘲的なアユミをフォローしたつもりが逆に自分がフォローされていたことに気づき、涼は思わず言葉を失った。だが、アユミは容赦なくさらに言葉を綴った。
  「……そりゃ、あたしやアンタをこの世界に生み出した奴らは最低な屑だわ。けど、だからって、あたしやアンタが同じように屑だなんて、誰が言えるって言うの? 」
  「それは……」
  「違うって思うんだったら、逃げずに行動して、その過程を証拠として積み重ねていけばいいだけよ……ねぇ、今、あたし、すっごくカッコいいこと言ったんじゃない? 」
  「ああ……お前、男前だよ」
  「あら、どーも……じゃ、どうするわけ? 」
  アユミがによによと擬音のしそうな視線を向けてくることに涼は照れくさくて横を向いた。実際、口にされなくてもアユミは涼の行動などお見通しなのだろうが、あえて言葉にさせようとするのは意地悪といえば意地悪だ。
  「……まず、その手紙読ませろ。五月が思ってること、ちゃんと知りたいから」
  涼は横を向いたまま、手を突き出した。すると、今度はアユミは素直に封筒をくれた。涼は片手で封筒を受け取った後、酷く丁寧な手つきでそれを開封した。
  「ん……」
  封を開けた瞬間、微かに甘い香りがした。それは、涼が今まで嗅ぎ慣れていた、時に不愉快に感じていた、あの人工的な香りとは違う。もう、あゆみを彩る何もかも全てが自分にとってストライクゾーンなのだと涼は思わず口元に苦笑いを浮かべた。
  「……ほら、さっさと読む」
  アユミに促されて、封筒とお揃いの薄桃色の便箋に涼は視線を走らせた。
  ――鳴沢くん、お元気ですか? ――
  そんな他愛もない一文から始まった手紙は、最近バンド活動や父親の仕事の手伝い、小遣い稼ぎの仕事で多忙な涼の体調を気遣う内容が主であった。七世との問題が片付いた後も涼から全く連絡の無いことに多かれ少なかれ不安はあるだろうに、あゆみはそのことを手紙には全く書いていない。あゆみが人一倍そういう面があることは既に理解った上のことだが、その態度が涼にはどこか寂しかった。
  「ただ待ってるだけじゃ嫌だけど……まだ、アンタに自分の気持ちを正面切って言えるほどの意気地はないわけよ」
  アユミはまるで母親のような穏やかな口調でそう呟いた後、更にこう続けた。
  「バカ涼、『あのコ』にとってさ……一番怖いこと、知ってる? 」
  「五月が一番怖いこと……お化けか? 」
  「ううん、『あのコ』自身はまだ気づいてないけどね……『拒絶されること』なのよ」
  「え? 」
  「だから、自分の気持ちをなかなか言わない。この人なら受け入れてくれるって何度も何度も確認して、やっと言えるくらいだもの」
  「でも、あの時……」
  涼の脳裏に浮かんだのは、Kビルで以前あゆみと交わしたやり取りだった。あの場では遮ってしまったが、あゆみは自分に想いを告げようとした。それはまさか「拒絶されない」という確信めいた何かがあったということなのだろうか。
  「まぁ……アンタへの告白に関しては、『拒絶されたくない』って気持ちより、『ちゃんと言わなきゃ駄目』って気持ちの方が強かったんだよね。そんな計算高い性格だったら、  あたしが出る幕なんて全くないわ」
  アユミはカラカラと笑った後、じっと涼の目を見てこう尋ねた。
  「まぁ仮に打算があったとして……アンタ、『あのコ』のこと、嫌いになる? 」
  「いや、全然」
  アユミの問いかけに対して、涼の唇から自然とそんな言葉が零れた。計算高い女は嫌いなはずだが、それは好きではない女だけに当てはまるのだと、涼はまた微苦笑を浮かべた。


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