突き放す優しさ 11 七世の独白は、病室がすっかり闇に染まってもなお、続いていた。八葉とのこと、父親とのこと、そして涼とのことを切々と語り続ける。涼は黙って傍らのイスに座り、七世の悲鳴にも似た独白を神妙な表情で聴き続けた。それが、自分にできるせめてもの罪滅ぼしだと、無意識に感じていたのかもしれない。そして、七世も途中から落ち着いてきたらしく、そんな涼の態度に気付いて、時折、彼に少しだけ微笑むような表情を浮かべて喋り続けた。そして、一人で喋ることに飽きたのか、不意に涼にこう問いかけた。 「……リョウ」 「ん?」 「あたしとのこと……妹ちゃんに話せる?」 「え……」 七世からの問いかけに涼は思わず言葉を失っていた。純粋培養のあゆみに七世との関係を一体どう説明すればいいのだろう。「お互いに手に入らない相手を重ねて、寝てました」とでも言えばいいのだろうか。そこで「不潔です」と嫌悪感を抱かれてしまえば、そこで終わりだ。仮にあゆみがそれを受け入れてくれたとして、彼女が知りたがるのは、「一体誰を七世に重ね合わせていたのか」ということだろう。 「……無理だろうね。さすがに『君と重ね合わせて別の女と寝てました。それで、その女に惚れられてーー』とか言われちゃ、妹ちゃん、複雑だろうし」 「罪悪感だって……芽生えるだろ。アイツのせいじゃ、ねーのに」 勝手に七世にあゆみを重ね合わせたのは涼であり、そこで彼女に全く非はない。しかし、あのあゆみのことだから、「君に責任は全くないよ」と周囲にいくら言われようと、絶対に悩んでしまうことは明らかである。 「お前、絶対に言うなよ」 「言うわよ……リョウが言わないなら」 「言うな、絶対っ!」 涼は思わず七世の襟元を掴んだ。闇の中で七世の細い首筋が、胸元がやけに青白く見えた。これまで何度も重ね合わせた肌で涼を挑発するかのように、ナナセは更にこう続けた。 「そんなに妹ちゃんが大事なのに……本当はめちゃめちゃに壊したいんでしょ? あたしをそうしたみたいに」 「うるさいっ」 「大事だ、大事だって理由をつけてるだけで、本当は怖いんでしょ? 気持ちに任せて手を伸ばして、妹ちゃんに本当の姿を知られちゃったら、きっと『不潔』だの何て、絶対に受け入れてくれなさそーだし」 「黙れっ」 「黙らないわ。結局、優しいふりをして、相手を思ってるふりをして、本当は臆病なだけだもの、リョウは。だから、あたしを切り捨てられもしないで、こうして病院(ここ)にまで来ちゃうんでしょ?」 「……そうだな。でも、お前にちゃんと『さよなら』を言わなきゃ、五月には向き合えねーから」 「……向き合えるかしら。だいたい、片方が我慢を強いられる関係なんて、そう長くは続かないでしょ?」 「向き合うさ。だいたい、我慢するつもりは、ねーよ……ただ、時期が来るまでは待つけど」 「『待つ』ね……呆れた。それって、事実上の『敗北宣言』ってやつじゃない?」 「『勝つ』のは諦めてるからな……」 涼は七世の言葉に肩をすくめて、そう笑った。自分が今後どう足掻こうと、あゆみという存在には絶対に勝てないだろうという、確信めいた予感。今後のあゆみとの関係が上手くいくなんて、自分の勝手な希望的観測にか過ぎないというのに、それだけは確かな真実のようにすら思われるのが、酷く可笑しい。 「リョウらしくないね、そのセリフ」 「まぁ、これはあくまで『五月』限定だけどな。あとの連中に負ける予定はねーし」 「フッた女相手にのろけるとか……リョウ、デリカシー無さ過ぎ」 「お前も自分をフッた男にんなものを求めるなよ」 「……ねぇ、リョウ」 「ん?」 「言わないつもりだったんだけどさ……」 「なら、言うなよ」 「言わせてよ」 「だったら、さっさと言えよ」 七世はふぅっと深呼吸を一つした後、酷く落ち着いた声でこう告げた。 「あたし……八葉に夢中になってたのは、恋に恋してただけだったと思うの。だから、あたしの本当の初恋はさ……きっと涼だったんだと思う。ありがとう」 そう微笑んだ七世の瞳は微かに潤んでいた。 「ん……こっちこそ、今までありがとな」 涼は七世に背を向け、更にこう告げた。 「さよなら……今度はいい男、見つけろよ」 |