廻りだした歯車 4 涼がそんなことを考えていると、不意に顔の横にぎらりと鋭い光が走った。とっさに避けたものの、多少かすったようで、左頬が裂かれた痛みで熱くなる。涼が目の前に視線を投げると、そこには先程バーで女といちゃついていた、ケンジがナイフを持っている姿があった。 「……ち、ちいっ、次は外さねーぞ」 言葉では意気がっているが、そのナイフを持つ手、身体がガタガタと小刻みに震えている。 (うわっ……厄介なパターン) ナイフ持ちの素人相手は涼にとって結構厄介だった。というのも、素人はナイフの扱いに慣れていないものだから、次の行動がなかなか読みにくいからだ。だが、そうも言っていられない。そこで、ナイフに不慣れなケンジの隙を突いて、その手を蹴り上げた。ナイフはカラカラと乾いた音を立て、打ちっぱなしのコンクリートの床の上に転がる。慌ててそれを拾いに行こうとするケンジの首筋に首刀を一撃加え、涼はまたたく間に3人を片付けた。ふっと周囲に視線を投げると、どうやら理亜たちも昔取った杵柄というやつで、ブランクもあり多少苦戦したものの、片付けたらしい。残るは最初に挑発してきた金髪の青年だけだった。女たちは情勢が悪化したことにも気づかないほど薬に酔っているらしく、相変わらずケタケタと壁際で笑っている。つまり、頭数には入れなくていいということだ。ちらちらと奥の部屋を見ている理亜を気遣って、ミサキが言う。 「リア、アンタは早く奥の部屋に行きな。妹ちゃんを助けないと」 だが、その言葉を合図にするように、奥の部屋へと続くドアがバタンと開いた。 「リーダー! 」 5対1という情勢を不利としていたらしい青年が嬉々とした声を上げた後、ドアの向こうから現れた姿に、「絶望」としか言えない表情を浮かべた。 「……ほら、さっさと歩きなさいよ」 そこにはパンツ一丁の両手を手錠で完全に拘束され、口にはボールギャグを嵌められた、何故かうっとりした表情を浮かべた男と彼の首につけた黒革の首輪につけた鎖をぐいぐいと楽しそうに引っ張る少女、アユミの姿があった。 「……姉貴、こっちはもう大丈夫だから。ってか、バカ涼も来てくれたんだ」 アユミは今までに見たことのないほどの清々しい笑顔でそう言った。その清々しさと言ったら、大分修羅場を潜り抜けてきたらしい、『プリンセス』初期メンバーすら凍り付くほどであった。 「……リ、リーダー? 」 きっと相当心酔していたのだろう、青年が惨めな姿のリーダーの姿にへなへなとその場に座り込む。そんな青年に、さらに止めを刺すように、アユミが喋り出す。 「いきなり襲いかかってきたから、股間蹴り上げてやったんだよね。そしたら、何か妙に嬉しそうに蹲って……そっちのケがあったらしくって、今まで言えなかったんだって。でも、そこの集団を相手にするのが面倒だから、この状態にさせて放置してたのよ」 (女王様だ……ああ、まさしく女王様だ。まさか、五月もこんな趣味があるとか――) 涼のそんな考えを読んだらしく、アユミがにこっと微笑んで、首を横に振る。 「ああ、大丈夫。あの娘にはこんな趣味ないし、第一、こういう世界があるのすら知らないから」 だが、油断大敵である。不意にそれまでへたり込んでいた青年が急に立ち上がり、リーダーを突き飛ばし、アユミを人質に取った。青年はアユミの首に腕を巻き付けると、形勢逆転だと言わんばかりにこう叫んだ。 「お、女の首なんて力入れればすぐにぽっきりだぜ。こ、こいつの命が惜しければ……」 だが、その叫びを最後まで聞けたものは誰もいなかった。アユミが以前涼をKOした時の要領で、青年を倒したからである。 「……ああ、手応えなさ過ぎ。ってか、街を仕切るつもりなら、ある程度鍛えてからになさい。まぁ、もう仕切る、仕切らないなんて言ってられない場所に連れてかれるけどさ」 その時、遠くからパトカーのサイレンの音が響き始めた。どんどんと近づいてくる。どうやら、騒ぎを聞きつけた通行人が警察に通報したようだ。 「ちぃっ、面倒だな」 涼がそう舌打ちをすると、不意にステージ袖から峰谷が現れ、恭しく一礼をした。 「峰谷っ! 」 「皆様、裏口からお出になって下さいませ。表に車をご用意しております。あとは、私どもで後始末します」 「後始末」、その言葉を口にした時の峰谷の表情は心なしか、どこか輝いていた。 |