第三章

廻りだした歯車 20

 「……うわぁ、それキツいよなぁ」
 「電話もメールも駄目とか……五月さん、相当お怒りですね」
 「ってか……お前、何で五月さんにちゃんと告ってねーんだよ」
 「だ、だから、嫌だって言ったんだよ、お前らに話すと絶対そう言われちまうって理解ってたから」  
 必死でゴネたものの、佐山たちの半ば強引な取り調べにより、涼はこれまでのことを全て話さざる得なかった。
 「まぁ……修復可能だとは思うんだよな、まだ」
 「下手な慰めはいい……もう終わったんだよ」
 「お前らしくねーな、その諦めの良さ。だいたい、五月さんはお前のことを『まだ好きだから、連絡しないで』って言ってたんだろ。お前がちゃんと説明して、全てが終わったら『付き合って欲しい』って、今度はちゃんときっぱり告白すりゃ何の問題もねーじゃん」
 「説明してって……電話もメールも繋がんねーのに、どう伝えるよ」
 「そりゃ……まぁ、古風ですけど、お手紙なんかいかがでしょう? 心を込めて書けば、きっと五月さんも読んで下さいますって」  
 長屋の言葉に先程からずっと生温い視線を向けつつも黙りこくっていた峰谷が涼の目の前に可愛らしい、薄桃色のレターセットを差し出した。
 「確かに……電話とメールは駄目だと仰いましたが、お手紙は駄目だとは仰いませんでしたよね、五月様。そうした言葉の隙を見逃すとは、涼様らしくないですよ」
 「手紙……駄目だ」  
 涼はほんの一瞬レターセットに手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めてこう言い放った。
 「何で? 」
 「……何書けばいいんだよ。ってか、俺から手紙が来たら、五月の奴、絶対戸惑うし、困っちまうと思うんだ。これ以上、五月に嫌な思い、させたくねーんだよ」  
 涼の言葉に不意に佐山の声のトーンが落ちた。佐山は涼をじっと見つめながら言った。
 「涼、ちょい待ち。それはお前がこれ以上傷つきたくねーだけだろ、五月さんのせいにすんな。だいたい、本気で嫌だったら、まず五月さんは手紙読まねーよ」
 「…………」  
 佐山の言う通りだった。あゆみのことを気遣っているのは表面上で、本当はこれ以上傷つきたくない自分がいる。涼は黙りこくった。
 「確かに読んで貰えねーかもしれねーけど、最善を尽くねーで諦めるのはまだ早いだろ。お前の五月さんへの気持ちって、んなに薄っぺらいもんだったわけか? 」
 「……そ、それは――」
 「じゃ、書けよ。ってか、それで駄目だったら、俺らが慰めてやっから。ってか、今ここで諦めるなんて中途半端なピリオドを打ったって、お前はどうやっても絶対五月さんを忘れらんねーんだから」
 「ん……けど、本気で何を書きゃいいのか、俺、分かってねーよ。もしかしたら、五月をもっと怒らせちまうかも知れねーし」  
 涼のその言葉に本宮がドンと自分の胸を叩いてこう言った。
 「女相手の手紙なら、この本宮様に任せておけ。もう自分でも数え切れねーほど書いてるから、経験は豊富だぜ」
 「まぁ、実績は伴いませんけど」
 「長屋、それ言うな。本宮が憐れだから」
 「な、何だよ、二人とも。俺をそんな憐れみの目で見るなぁぁ」  
 そんな佐山たちの馬鹿げた会話を聞いているうち、ようやく涼の表情に普段の余裕が戻ってきた。
 「じゃ、本宮。まず、何て書けばいいんだ? その、『こんにちは』とか、『お元気ですか』的な挨拶でいいのか? 」  
 涼は峰谷から渡されたブルーブラックのボールペンを片手に、佐山や長屋と戯れ合っている本宮にそう尋ねた。
 「……もう直球で『君が好きです』って書け」  
 本宮が自信に満ちあふれた様子でそう答えると、すぐに長屋が訂正を入れた。
 「いや、それは駄目でしょう。その時点で、もう五月さん読まなくなると思いますよ。まずは、挨拶をして警戒心を解さないと。それで、この前の件についてって本題に移ればいいんですよ」
 「そっか、ありがとな」  
 涼は本宮と長屋にそう言うと、さらさらと便箋にペンを走らせた。すると、峰谷があからさまに眉を顰めて、小声でこう確認を入れてきた。
 「涼様……今書かれているものを五月様にお出しになるのですよね? 」
 「ああ、そうだけど……何か問題でも? 」
 「その、涼様の書かれる字は個性が強すぎるので……五月様にはご理解しがたいかと」

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