第三章

廻りだした歯車 17

 七世との見合い話は早々に進められ、本来あゆみとの約束があった週末に行われた。場所は都内から少し離れた場所にある、ひなびた料亭の離れ。見合いとはいえ、当人同士が既に顔見知りかつ一時期は深い関係にあったという事実もあり、まるで既に話がまとまったかのように、七世側の人間は振る舞っていた。特に七世の父親である平嶋 六郎氏は酷く上機嫌で、湧にこう語り出した。
 「いや、めでたい話です。人のご縁とは本当に不思議ですね、鳴沢さん」
 「全くですな……既に本人たちが見知っているともなりますとな」
 「我々も準備を急がねばなりませんね」
 「いやいや、七世さんはしっかりされたお嬢さんだが、ウチの涼はまだ14の若造。そうそう急ぐ必要はないでしょう」
 「いやいや、鉄は熱いうちに打てと申しますよ。法的な手続き等など待たず、そちらの方に嫁入りをさせても良いと私は思っているのですよ」
 「ははは、平嶋さんも随分と気が早いですな。そうなると、場合によっては、婚姻届よりも出生届を出さねばならないでしょう」
 「まぁ、昔ならまだしも、世間では授かり婚などと、随分と見方も穏やかになっているじゃないですか」  
 七世が所用で席を立ったのを幸いに、涼は黙々と料理を食べていた。すると、さすがに外野だけが盛り上がってはと気が咎めたのか、平嶋氏が涼に話を振った。
 「そういえば、涼君」
 「……なんでしょうか? 」  
 涼はにっこりと社交辞令的な微笑を浮かべ、首をかしげた。だが、内心は悪態たらたらの状態であった。
 「来週末は予定を空けておいてくれないか? ぜひ、我が家に招待させて貰いたいんだが」
 「来週末ですか……」  
 涼は少し考えるフリをしたが、実際は断るつもりだった。だいたい、来週末は延期になったあゆみとの遊園地デートがある。一応、七世としばらくは付き合うフリをすることを了承はしたものの、それで本命とのデートをフイにするなど、冗談ではない。角を立てないようにどう断ろうかと涼が考えあぐねていると、それを察した湧が代わりにこう答えた。
 「……いやいや、そう事を急いてはいかんですな。若い二人のこと、そうそう焦らずとも良いのでは? 」
 「いやいや、早いうちに手を打っておかねば、涼君ともなればロマンスに恋い焦がれて狙っている、目聡いお嬢さん方は多いでしょうに。のんびりと構えていたら、鳶に油揚げを浚われますよ」
 (俺は油揚げか……)  
 涼が内心うんざりした表情を浮かべていると、不意に平嶋氏が声を落としてこう言った。
 「……まぁ、多少は目を瞑りますよ。たとえば、同級生の方とのお遊び、とかはね」
 「それはどういった意味ですかな? 」  
 湧が相変わらずにこやかな口調でそう訊ねると、平嶋氏も負けじとにっこりと微笑んでこう答えた。
 「いや、それは涼君ご本人にお訊きになった方がよろしいかと? 確か、五月さんと仰いましたかね、その同級生の方は」
 「いや、痛いところをつつきますね、平嶋さん」  
 涼は内心の動揺を必死で押し隠し、相変わらず社交辞令の笑顔でその言葉を受け流した。あゆみのことが平嶋側に筒抜けということは、場合によっては彼女に今回の件を知られてしまう、知らされてしまう可能性もある。
 (狸めっ……やっぱ、一筋縄じゃいかねーな。けど、そこまで調べてるってことはヤバイよな)
 「ははは……平嶋さんの方が本人よりも随分とお詳しいようですな」  
 湧が座卓の下でこつりと涼の脇腹をつついてきた。いくら内心の動揺を表に出さないように振る舞っても、湧にはお見通しらしい。
 「こんなことを言うと女性の支持者からおしかりを受けるでしょうが……女遊びは男の甲斐性、いちいち咎められていれば良い仕事は出来ません。デキる男は女遊びも上手だというのが、私の持論ですよ」
 「しかし、七世さんがどう思われるかが心配ですね。彼女は純粋な方ですから」  
 湧に脇腹をつつかれたことで平常心を取り戻した涼は、何気ない口調でそう答えた。
 「そう仰って頂けるだけで、ウチの七世は幸せ者ですな。いや、もし、その五月さんとご縁が切りにくいというのなら、私が代わりにお話をつける算段も考えておりますから」  
 平嶋氏の言葉に対し、湧は肩をすくめた。
 「……婿候補の女の整理を手伝う舅など、聞いたことがありませんな。しかし、ご心配ならずとも、涼も一応自分の不始末は自分で決着をつける程度の甲斐性はありますからな」

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