第三章

廻りだした歯車 14

 八葉は嘘をつけない、バカ正直な男だ。そんな男にいくら上手く芝居をさせようとも、絶対に何かしらボロが出て来る。七世の父親がそのボロを見逃すわけもない。だからこそ、わざと本気で怒らせる。事前に打ち合わせなどはしていなかったが、話を聞いているうちに、涼は七世のそんな目論見を何となく察していた。そういった事情もあり、涼は話の後半わざと八葉を挑発したのだ。
 「ったく……俺を巻き込みやがって」  
 涼のその言葉に七世はクスクスと笑い出した。
 「だって……でも、打ち合わせてもないのに、よくあたしの考えが理解ったわね。さすが」
 「嬉しくねーよ。まぁ……俺ら、似た者同士だから、な。けど、大丈夫か? アイツ、本気で怒らせて」
 「いいの……この芝居が終わったら、今度はあたし、アイツが誰とどこにいようと、そこに押しかけるんだから」
 「うわ……それ、ある意味、痛い女だろ」
 「いいのっ。見たとおり、八葉って結構押しが弱いから。あたしが積極的に攻めないと、前進も進展もないのよ! 」
 「いや、そりゃお前らのことだから俺はどーこー言うつもりはねーけど……俺を必要以上に巻き込むのはこれっきり、だぜ」  
 涼の言葉に七世が非常に申し訳なさそうに微笑んだ。
 「ん……けど、羨ましいな、妹ちゃん」
 「あん? 一体何の話だよ」
 「3ヶ月も時間があったのに、まだ妹ちゃんと友達以上恋人未満なわけでしょ? そんだけ大事にされてるんだなぁって思ってさ」  
 七世の言葉に側で聞いていた峰谷がうんうんと訳知り顔で何度も頷いた。そんな峰谷を多少鬱陶しく感じつつも、涼はこう返した。
 「ってか、大事にしねーと色々と問題アリだからな。五月はさ。お前だって……アイツに大事にされてんだろ? ってか、お前がんなこと言うと、まるで幸せじゃねーみたいじゃん」
 「幸せ、だよ、うん」  
 七世のその言葉は彼女自身が自分に何とかそう言い聞かせているように、どこか弱々しいと、涼は感じた。まぁ、今の状況とあの八葉の態度からして、そう断言しきれない七世の立場も理解っていた。だから、涼はそれ異状七世を追及するのをやめた。
 「……ねぇ、リョウ」
 「ん? 」
 「リョウがヤツハと同じ立場だったら……どうしてた? 」  
 不意に七世が声を落として、そう訊ねてきた。
 「俺が同じ立場だったら? 」
 「そう」
 「そうだな……まず、いくら芝居であっても、以前(まえ)に関係あった男に恋人のフリしろとか、頼めねーかな」
 「……どうして? 」
 「いくらフリだって、頭では理解ってても、絶対嫉妬しちまうから……ってか、俺、自分が嫉妬深いって最近知ってさ。五月が店で男の店員に注文してる時さ、何かそいつがニタニタしてるとぶっ飛ばしたくなんだよ」  
 涼の言葉に峰谷が生温い微笑を浮かべる。だが、涼はそれを無視することにした。
 「……うわ、それ、結構ヤバくない? 」
 「ん……ああ、けど、見境無しにぶっ飛ばしたくなるワケじゃねーぞ、さすがにな。五月に対して、何かそれっぽい感情を抱いてるというか、そういうのが相手から見え見えの時だけ」
 「……ああ、まぁ、妹ちゃんって、結構そのテの人間(ひと)たちからは好かれそうな感じだもんね」
 「けど、言えねーじゃん。だ、だいたい、まだ付き合ってもねーのに、嫉妬するとか絶対鬱陶しい男だろ? 五月はそういう連中の視線やらに気付いてねーから、愛想良くニコニコしてるんだけど、文句言うわけにいかねーし……そーいうことだから、俺の場合、いくらフリでも無理だ」  
 涼のその言葉に七世は愛おしげに瞳を細め、クスクスと笑った。
 「……そうなんだ」
 「まぁ……それでも、以前(まえ)よりは随分前進した方だと思ってる」
 「だよね。けど、妹ちゃんの保護者さんは気付いてんでしょ? アンタのそのイライラに」
 「ああ、気付いてて面白がってるよ。ってか、アイツは俺がこうやってのたうち回ってるのを見るのが何より楽しいらしいぜ」
 「ふふっ、それって照れ隠しじゃないの? 」
 「いや、んな可愛いもんじゃねーから。ってか、アイツは俺が嫌いなんだよ。この前なんか、直接すげー笑顔で『もっと悩め苦しめのたうち回れ』って言い放ったんだぜ」
 「……愛と憎しみは紙一重ってやつね」

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