第三章

廻りだした歯車 11

 ――悪い、土曜は約束ある。会わないと済まない内容? ――
 ――ああ、妹ちゃんとデート? ならさ、金曜日はどう? 頼みがあるのよ――  
 七世からの返信はまるで涼からの返信を待ち侘びていたように、非常に素早かった。峰谷がわざとらしく溜息をつく。
 「もし五月様がまだ涼様と七世嬢が連絡をとられていると知ったら……きっと――」
 「黙れ……それくらい、理解ってる」  
 わざとらしい峰谷の態度に涼はぎろりと彼を睨み付け、さらにこう返信した。  
 ――悪りぃ、余計な火種は作りたくない。メールで済ませよう――  
 ――メールじゃ済まない内容ってか……今からそっち行くから――
 (ヤツハと上手くいってねーのかな……さて、どっかに出掛けちまった方がいいのか)  
 七世の部屋から今涼のいるマンションまでどう急いでも車で30分はかかる。峰谷に車を出させて、どこかへ当てもなくドライブするというのも悪くない。だが、七世の方が一枚上手であった。涼の携帯が再びチカチカとメール受信を告げた瞬間、部屋のインターフォンが間の抜けた音で来訪者を告げた。  
 ――今、リョウの部屋の前。いるんでしょ、開けてよ――  
 七世のメールに涼はちっと軽く舌打ちをした。だが、インターフォンのモニターを確認する峰谷の表情はどこか穏やかだ。
 「……大丈夫です。先日のあの方もご一緒のようですから」
 「先日のあの方? 」
 「ええ、七世嬢の病室に入られていった、例の――」  
 どうやら七世はヤツハと一緒に来たらしい。七世だけならまだしも、ヤツハまで門前払いするというのも、何となく気が咎める。だからこそ、涼は峰谷にこう命じた。
 「なら、リビングに通せ。紅茶と茶菓子……確か、まだ貰い物のクッキーがあったよな」
 「かしこまりました」  
 峰谷はインターフォン越しに「少々お待ちを」と唄うように告げると、まるで水を得た魚のように生き生きとした動作で来客を出迎える準備を始めた。
 (ったく、執事の本領発揮かよ)  
 峰谷のそんな様子にふっと微笑んだ後、涼はのそのそと玄関へと向かい、ドアチェーン を外し、カギを開けた。
 「久しぶり、ナルサワくん」  
 ドアの向こうには、以前より明らかに野暮ったい服に身を包んだ七世とどこかの工場のネーム入り作業着を来た青年が立っていた。
 「ああ、久しぶり。ヒラシマさん」  
 七世が自分を名字で呼んだことに会わせて、涼も彼女を名字で呼んだ。すると、七世の背後でどこか緊張した表情を浮かべていた青年がほんの一瞬だけ安堵の表情を浮かべた。どうやら、青年が七世と自分の関係について未だに続いているのではという不安を抱いていたらしいと判断し、涼は思わず微苦笑を浮かべた。
 「えっと、ナルサワくん……彼は前に話したことあると思うけど、あたしの彼氏のヤツハ。今は臨界地区にある工場で働いてて――」
 「どうも、矢島 八葉と申します。うちの七世がお世話になっていたとかで……」  
 七世の言葉を遮るように、青年こと八葉が自己紹介とともに笑顔で握手を求めてきた。だが、不安なのだろう、その笑顔はやはりどことなく硬い。涼は素直にその手を握り返っした。
 「いえ、ご丁寧にどうも。ああ、ご存知だとは思いますけど、俺は鳴沢 涼。こちらこそ、ヒラシマさんに本当にお世話になりましたよ。あなたのお噂はかねがね――。ああ、立ち話もなんですから、どうぞ奥へ」  
 それなりに社交辞令を交わした後、涼は七世たちをリビングへと通した。リビングにあるテーブルの傍らには既に峰谷が待機していた。
 「……えっと、その、あの方は? 」  
 この部屋にいるのは涼だけだったと思っていたのか、八葉がおずおずとそう訊いてきた。そこで、涼は普通にこう答えた。
 「ああ……一応、まぁ、俺の保護責任者? 」
 「……ホゴセキニンシャ、ああ、お兄さんですか。でも、あまり似てないですね」  
 一般的に見て、年の近い青年が「保護責任者」と説明されたら、そりゃ兄だと思うのが自然だろうと、涼はふっと微苦笑を浮かべた。
 「……ああ、一応、兄貴みてーなもんだけど、血は繋がってねーの」
 「ああ、そうなんですか。すみません、その、そんなつもりじゃ――」  
 きっと訊いてはいけなかったことだったのだろうと勝手に判断したらしく、八葉は申し訳なさそうに頭を垂れた。涼は肩をすくめた。
 (ったく……何か厄介な奴だな、こいつ)

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