第二章

絡まっていく糸 8

 「涼……ちょっと、話あんだけど」  
 ROAの練習が終わった後、帰ろうとしていた涼は佐山にそう呼び止められた。
 「な、何だよ? 」
 「いいから、ちょっと話、しようぜ」  
 佐山らしからぬ強引な物言いに何かしら嫌な予感を感じつつ、涼は素直に彼の言葉に従った。尋常ならざる場の空気を察したのか、普段は練習後も長々とダベっている長屋と本宮も今日はそそくさと帰ってしまった。
 「……な、何だよ、佐山。何か今日、変だぜ、お前」
 「変か……そりゃ、お互い様だろ」
 「…………」  
 涼は佐山の言葉に思わず黙り込んだ。確かに、今日の練習での自分はとてつもなく不調だったという自覚があったせいだった。この不調は七世との問題が深く関係しているのだと理解ってはいたが、彼女を信奉している佐山に知られるわけにはいかなかった。
 「何で、黙り込んでんだよ」
 「別に……」
 「ナナセさんとの問題(こと)なら、とっくに俺、知ってるけど」
 「……え? 」
 「ったく、俺も伊達にお前と長く連んでねーから、それくらいは勘づくし、噂も聞いたし」  
 佐山はテーブルに置いてあったペットボトルの蓋を開けながら、ぼそりとそう言い放った。涼はごくりと喉を鳴らした。普段にこやかな佐山がそんな口調で話す自体、尋常ではないと知っていたからだった。だからこそ、もう黙り込むことしか出来なかった。
 「…………」
 「黙ってねーで、何か言えよ」  
 不意に佐山が涼の襟元を掴んだ。
 「……殴ればいいだろ、気に食わねーなら」  
 涼は襟元を掴む佐山を冷たく一瞥した後、酷く渇いた声でそう言い放った。きっと佐山は信奉する七世を自分が弄んだことを怒っているのだろうと涼は思った。それで、殴らずにはいられないのだろうと。殴られることに異存はなかった。ただ、これで、もう佐山たちと以前のように連むことも出来なくなるだろうと覚悟を決めるしかなかった。自分を鳴沢財閥の跡取り息子ではなく、ただの幼馴染みの悪友として扱ってくれる、数少ない友人を失う瞬間に、涼は口元に苦笑いを浮かべた。
 「ああ、気に食わねーよ。お前……何で一人でうじうじ悩んでんだよ。いくら俺らが頼りなくても、話ぐらいは聞けんだから、話せよ」  
 佐山はそう言い放つと、涼の襟元をぱっと離した。佐山の予想外のその言葉に、涼は目を白黒させた。
 「は? 」
 「だから、今までの経緯をまず説明しろ。一応、噂じゃ聞いてるけど、こーいう話ってやっぱ本人からじゃねーと、どーもしっくりこねぇもん。ってことで、俺が代表してお前に話を聞くことになったんだよ」
 「佐山……」  
 涼は佐山をはじめとした友人に感謝しながら、ぼそぼそとこれまでの七世、あゆみとの経緯を説明した。
 「そっか……ならさ、そのヤツハって奴を探したらどうだ? 」  
 涼の話を聞いた後、佐山は少し考えながら、そう言った。
 「ヤツハを探す……理由は? 」
 「なぁ、涼、自分に置き換えて考えてみ。まぁ、お前がナナセさんと別れられなくてズルズル悩んでんのはさ、そもそも五月さんとの関係(コト)があるからだろ? 実際、ナナセさんも忘れられない恋人(ひと)がいるわけだろ? そいつと逢ったら、お前から気持ち、離れるんじゃねーかなって思うけど。それに、それでお前の罪悪感ってのもちみっとは薄れるだろ」
 「はぁ? 」
 「お前がナナセさんを切り捨てられねーのは、自分だけがシアワセになっていいのかなんて、らしくねー罪悪感があるからだろ。まぁ、正直、お前らはお互いに依存してたってこと」
 「……お前、俺のこと、よく理解ってんな」
 「そりゃ、俺もお前に惚れてるからな」
 「うげっ……お、お前もかよ」
 「あはは、冗談、冗談。実際、伊達にお前と長く連んでねーから、理解るんだぜ。背中みてーに、自分より他人の方が自分のことをよく理解ってることもあんのさ」」
 「ったく……で、どっからの受け売りだ? 」
 「ああ、この前学校でウチの担任が言ってたことさ。自分のことは他人(まわり)の方がよく理解ってることも一部あるって話さ。ほら、背中って、自分じゃよく見えねーけど、他人から見りゃ、よく見えるじゃん。それと同じって話さ」
 「盲点の窓か……」  
 佐山の言葉に、涼はジョハリの窓の話をふっと思い出すと、口元に苦笑いを浮かべた。

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