第二章

絡まっていく糸 7

 「……案外、あのもう一人の妹ちゃんとの方が気が合うんじゃないの? 」  
 カフェからの帰り、七世がからかうようにそう言ってきた。涼はその問いかけに露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ、首を横に振った。
 「冗談でもんなのやめてくれよ……確かに気は合うけど、恋愛対象としては無理」
 「だけど、晴れて妹ちゃんと付き合うことになったら、彼女とも付き合うってことにはならない? 心は別でも、身体は同じだし」  
 確かに七世の言うとおりだった。だが、あゆみに対しては恋愛感情があるのだが、アユミにはそういった感情が全くない。その辺りをどう説明しようかと涼が考えていると、不意に七世が立ち止まった。
 「今日は、ここでいいよ」
 「え? 」
 「いつも通りさ、送ってって貰おうかと思ってたんだけど……何か、一人で帰りたく、なっちゃったんだよね」
 「ったく、今さら気を遣うなよ」
 「違うのよ。ごめん、何かこれ以上一緒にいたら、あたし……リョウとサヨナラ、出来なくなりそう、だから」
 「はぁ? 」  
 七世の言葉に涼は怪訝そうな表情を浮かべた。だが、七世はさらにこう続けた。
 「あたし、リョウに『ちゃんと告白しろ』って、今まで言いまくってたじゃん」
 「ああ、おかげで……一歩踏み出せた。何とか上手く行きそうなのは、ナナセのおかげだよな。ありが――」
 「礼なんか言わないで……あたし、余計、みじめになるじゃん! 」  
 涼の言葉を遮るように、七世が声を荒げた。微かにその肩が、その声が震えていた。
 (え、ナナセ……泣いてるのか? う、嘘だろ……ってか、ワケわかんねーから)  
 七世のただならぬ様子に涼は動揺した。七世の独白は更に続いた。
 「あれね、あの妹ちゃんに告白して、完全にフラれちゃえばさ……リョウがこっち向いてくれないかなって、期待して言ってた」
 「な、何だよ、それ……それじゃ、お前まるで俺のこと――」
 「ええ、好きよ、本気で……この前言ったこと、半分は嘘じゃなかった。リョウとだったら、ヤツハとのこと忘れて、ちゃんと付き合えるんじゃないかって、思った」
 「…………」  
 七世の言葉に上手く返す言葉が見つからず、涼はただ黙り込んでいた。
 「ホントはリョウを困らせるから、この気持ちは言わないつもりだった……でも、正直、リョウがそこまで苦労して想うだけの価値、あの妹ちゃんにあるわけ? 」
 「え? 」
 「そりゃ、小さい頃に苦労してるのは理解ったわよ……だけどね、あーやって周囲から守られてるよーなコより、あたしの方がちゃんとリョウのこと理解ってあげられる! 」  
 七世はそうきっぱり言い放つと、涼の胸に縋り付いた。七世に対して、恋愛感情は全くなかった。あるのは傷を舐め合った連帯感のみだ。だが、縋り付いた七世を冷たく突き放すことはできなかった。久しぶりに触れた七世の身体は少しだけ小さくなった気がした。
 「……リョウ、今夜は側にいて、くれる? 」
 「……ああ」  
 涼は七世の言葉に低い声でそう答えた。
 「泊まっていくよね」
 「ああ」  
 今ここで七世と一夜を過ごすということは、まだ付き合っていないにせよ、あゆみを裏切るということと同じ意味なのだと、涼自身よく理解っていた。ただ、今夜ここで七世を拒んだら、彼女が一体どうなるのかを考えると、とてつもなく怖かった。
 (今度会ったら……アユミからは殴られるだろうな、確実に。いや、殴る価値もねーって言われるかも、な)  
 今夜の出来事はどんなに涼が上手く隠そうと、きっとアユミには判ってしまうだろう。そうなれば、これまでの発言を全て撤回され、二度とあゆみに近づくなと宣言されるかもしれない。それどころか、そんな宣言もされぬまま、あゆみを遠ざけられるかもしれない。
 「リョウ、好きよ」  
 七世のマンションに辿り着くと、二人はまるで発情期の獣のように戯れた。抱かれている間、七世はまるで呪いのようにそう喚き続けた。そんな激しい行為と裏腹に、涼の心は冷たく醒め、どす黒い、もやもやとした澱が降り積もっていくだけであった。
 「ねぇ、リョウ……キスして」  
 そんな涼の様子に気づいたのか、七世が酷く甘えた声でそうねだった。
 「ああ」  
 涼は自分の中にある、完全に冷め切ったどす黒い感情を抑えて、七世と唇を重ねていた。

<< Back   Next >>