絡まっていく糸 3 「おや、誰かと思えば……七世っちじゃないっすか」 七世が「理亜先輩」と呼んだ女性は自分の妹たちに話しかけてきたのが顔なじみと分かると、途端に人懐っこそうな笑みを浮かべた。涼はテーブル席から噂の「理亜先輩」を観察した。服装は灰色のスウェットに黒のスニーカー。背丈はその辺りの女性よりはるか高い。セミロングの髪は金色に染められ、後ろで束ねている。今は地味な服装をしているものの、髪を解いて小難しい言葉やら虎の文様やらを刺繍した白地の特攻服を着てバットを持てば、どこから見てもレディースにしか見えない。いや、多分きっと、間違いなく、七世との絡みも考慮した上で、理亜は元レディースだったに違いないと涼は思った。 (五月があの元レディース確定な姉ちゃんと姉妹……嘘だろ、嘘だって言ってくれ! ) だが、顔立ちをよく観察してみると、確かに二人は似ている。涼は思わず突っ伏した。 「……んと、サツキちゃんって、理亜先輩の妹ちゃん、だったんですね」 「そうっす……で、何の用っす? 」 「えっと、あの、その……」 先程までの迫力はどこへやら、七世は言葉を濁して、涼に視線で助けを求めた。涼は意を決して、あゆみたちの席に近寄った。 「えっと……あの、用があるのは、俺なんだけど」 当然のことながら、涼の接近にあゆみの表情は強張った。それに呼応するように、理亜の表情から笑みが消えた。 「自分、何者っすか? 」 「……りー姉、このコは鳴沢クンって言ってぇ、あゆみの小学校の時の同級生なんだってぇ」 間延びした口調でもう一人の妹である沙穂がそう説明する声すら理亜には届かないらしく、彼女は涼に直接名乗るようにと既に喧嘩腰の視線で促した。 「俺は鳴沢 涼。五月さんとは小学校の時の同級生で――」 しかし、涼はそんな理亜の挑発に乗らず、比較的穏やかな口調でそう答えた。すると、理亜はにかっと笑って、右手を差し出した。 「そうっすか、あゆみの……自分は五月 理亜っす。理想の理に亜細亜の亜で理亜っす。 宜しく、鳴(なる)っち」 理亜こと五月 理亜が右手を差し出したので、涼も自分の右手をそっと差し出し、彼女と握手した。次の瞬間、涼の右手にはとてつもない力がかかった。 (な、何だ、結構友好的な姉貴じゃ……い、痛たたっ! ) 「君が噂の鳴っちっすか。浅姉に聞いたんっすが、ウチのあゆみが本っ当に本っ当に世話になったらしいっすね」 理亜は顔では笑っていたが、どうやら先日の夜の一件に関して激怒していたようだった。右手の痛みに涼が思わず眉を顰めると、あゆみが慌てて、二人の間に割って入った。 「り、りー姉、違うの。あのね、その、私がいけないんだよ。その、鳴沢君にはね、彼女さんがいてね、だから、その私と関わるとね、彼女さんが心配するから冷たくしたの。そ、それに、暴力はいけないんだよ、ど、どんなに手加減したって! 」 「あ、あゆみ……理解ったっす。お前がそう言うなら、やめるっす」 どうやら理亜はあゆみに弱いらしく、素直に涼の手を離した。だが、既に涼の手は真っ赤に腫れあがりつつあった。 「えっと……氷、貰ってきます」 あゆみは再びレジカウンターの方へ走って行った。それと入れ替わりに、浅子がどこか同情するような眼差しを涼に向けつつ、持っていたトレーをテーブルに置いて、その場にいる全員の顔を見渡した。 「ともかく……このままの立ち話は店に迷惑だから、座りましょ。そうね、あそこの奥なら、全員座れるんじゃないかしら? 」 浅子の指示で涼と七世、そしてあゆみを除く五月家一行は店の奥にある、団体向けのテープル席に座った。 「で……鳴沢君、だったっけ? うちのあゆみに何の用? 」 レジカウンターで氷を待っているあゆみを横目に、浅子がそう涼に切り出した。 「だから、その……好きだって伝えたくて」 涼は頬を赤らめながら、きっぱりとそう言い放った。涼のあまりの素直な態度に、彼の普段の意地っ張りっぷりを知っている七世は目を丸くした。だが、あゆみの姉たちはただ冷淡に鼻を鳴らしただけだった。 「ふぅん」 「り、理亜、先輩っ、お姉様方っ、その、リョウは妹ちゃんには本気(マジ)なんです」 七世がそう援護射撃をしたものの、やはり姉たちの冷淡な態度は変わらない。そんな時、実にタイミング良く、あゆみが戻ってきた。 |