第二章

絡まっていく糸 2

 「ぶはははっ……傑作だわね、そりゃ」  
 閉店間際のカフェの店内で、七世のそんな爆笑が響き渡った。あからさまに眉を顰める店員と他の客の視線にちくちくと刺されながら、涼はテーブルに頬杖をついた。
 (ったく、他人事じゃねーだろ)  
 あまりの七世の爆笑っぷりに、内心イライラしながら、涼は冷たくこう言い返した。
 「笑い事じゃねーよ、バカ」
 「……まぁ、リョウの話を聞くと、そのサツキちゃんってものすごく真面目なコっぽいよね。そんなコにあたしたちの関係を言ったりしたら、まぁ、良い印象は持たないよね」
 「だろ……」
 「まぁ、リョウが今まで散々、罪もないバカな女(コ)たちを弄んだ罰でしょ、それ」
 「マジ、今までの自分、殴りてぇ。けど、今回の件はお前も関わってんだぜ」
 「そうね……そこは責任があるわね、あたしにも。だったら、あたしがリョウをフッたってことにして、改めて告白すれば? 」
 「理解ってねーなぁ……そんなことしたら、『きっと鳴沢君がフラれたのは、私が関わったからだ』って五月の場合、喜ぶどころか、逆に悪循環に陥ると思う」
 「……でしょうね、涼の話から察するに、そのサツキちゃんって本当に本当に純粋培養っぽいもんね。ホント、涼には勿体ないくらい、いいコだと思う」
 「ん……だから、告るか、迷ってた」
 「へぇ、過去形、なんだ」
 「ああ。あれこれ『自分が相応しくねー』って理由(いいわけ)を並べて自分を納得させようとしても……結局、忘れらんねーし。ここまで来たら、もう腹くくるしかねーじゃん」  
 涼のそんな言葉に七世がふっと優しい微笑を浮かべた。それは生意気で子どもだった弟の成長に目を細める、姉のような笑顔だった。
 「何だよ、その生温い視線(め)は! 」
 「いや、お姉ちゃんは嬉しいっ! 」  
 七世は涼の背中をバンバンと叩き、嬉しそうにそう言った。だが、涼の方は思い切り背中を叩かれたせいで、飲んでいたコーヒーが気管に入り、思い切りむせた。
 「……あらら、大丈夫? 」
 「し、心配すんなら……最初から、すんな」  
 備え付けのペーパーナプキンで口を押さえつつ、涼はじろりと七世を睨み付けた。だが、すぐに慌てて、俯いた。
 「ど、どしたの、リョウ」  
 怪訝そうにそう問いかける七世に、涼はぼそりとこう答えた。
 「五月が……いる」
 「え? 」
 「今、レジで注文してる……」  
 七世が座っている席からは見えないのだが、レジカウンターにはあゆみとその姉だと思われる他3人の女性が、何かを注文している姿があった。あまりのタイミングの悪さに、涼は思わず頭を抱えた。このカフェではちょうどレジカウンターと喫茶スペースであるテーブル席の間はマジックミラーで出来た壁で仕切っている。そのためどうやらまだあゆみたちは自分たちに気づいていないらしい。
 「……どうするの? あたし、席移動しよっか? 」  
 七世がそう口にしたが、もう遅かった。どうやら先にテーブルを取っておくようにと言われたのか、あゆみと姉の沙穂がマジックミラーで出来たドアをくぐり、涼たちのいる喫茶スペースに入ってきた。
  「……あ」  
 涼がじっとあゆみを見ていたせいで、ちょうど喫茶スペースに入ってきた彼女と視線が合ってしまった。
 「よ、よぉ」  
 視線が合ったというのに、まさか知らないフリをするわけにもいかず、涼は軽く手を挙げて挨拶した。だが、あゆみは涼の隣にいる七世に気を遣ったのか、それを無視した。そして、あゆみたちは涼たちが座っている席とは反対の窓側に座った。
 「……あたし、行ってくる」  
 あゆみの姿を見た瞬間、不意に七世の表情がふっと翳った。
 「……お、おいっ? 」  
 その表情の翳りを気にした涼が制止する間もなく、七世はあゆみたちが座ったテーブルへとつかつかと歩いて行った。
 「……あのさぁ、ちょっといい? 」  
 そうあゆみに話しかけた七世の声は酷くドスは利き、迫力があった。その迫力に押され、あゆみと沙穂がびくっと肩を震わせた次の瞬間、七世の声よりも更にドスの利いた女の声がそれに続いた。
 「妹たちに何の用っす? 」  
 ぱっと弾かれたように七世の首がその声の方を向くと同時に、その顔からみるみる青ざめていくのを、涼は目の当たりにした。
 「り、り、理亜(りあ)先輩っ! 」

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