第二章

絡まっていく糸 16

  涼たちが仕事部屋を出ると、どうやら部屋に籠もっている間に帰宅していたらしい浅子や沙穂が既に部屋着でリビングに並べられた二つの大きな折りたたみ式ちゃぶ台の上に食器を並べていた。そして、あゆみはまだ台所で何かをしているらしく、暖簾の隙間から時折その忙しそうな後ろ姿が見え隠れしているのが見えた。
 (ああ、やっぱ家庭的だな。結婚したら、旦那にいっつもあーやって料理、作んのかな)  
 涼があゆみのそんな後ろ姿にほんわり見とれていると、不意にぽんぽんと肩を叩かれた。はっと我に返り、涼が慌ててふっと振り返ると、浅子が酷く生温く微笑んでいた。いや、浅子だけではなく、沙穂や峰谷、さらには事情を知らないはずのスズキまでもが涼に生温い眼差しを向けていた。
 「……っ」  
 涼はその生温い微笑と視線に耐えきれず、耳まで真っ赤に染めて、くっと俯いた。だが、不思議と照れくさいものの、嫌な感じはない。そんな時、あゆみと台所にいたらしい理亜が大きな盆を持って、リビングに入ってきた。
 「ほら、さっさと席に着くっす。飯が冷めちゃうっすよ」  
 理亜の言葉を合図に皆が食卓に着いた。元々こうして食事を取るのが五月家では日常茶飯事らしく、既に誰がどこに座るのかが決まっているのだろう。スズキも含めた五月家の面々は何の躊躇もなくそれぞれの席についたのだが、涼だけはぽつんと取り残され、その場に立ち尽くしたままであった。何故だか、峰谷はちゃっかりスズキの隣に陣取っている。
 (な、何かすげーカッコ悪りぃ。ってか、早く空いた席に座らねーと)  
 涼はふっと視界に入った、空席に慌てて座った。すると、クスクスと微かな忍び笑いが周囲から漏れ聞こえ始めた。
 「え……あ」  
 涼はふっと自分の右側に座っている人物を確認した。そして、ほんの一瞬戸惑いの表情を浮かべながら、微かに声を挙げた。
 「あ、私、別の所に……」  
 涼のその発言で右隣の人物、あゆみはおずおずとそう口にすると、他の席に移動しようとした。涼は慌ててそれを制止した。
 「い、いやっ、別にいい。その、気にするな」
 「でも……」
 「別に嫌じゃねーから……その、お前の隣で、いいから」  
 涼がそう口にすると、素早くあゆみの背後からホワイトボードがすっと上がった。  
 ――「お前の隣でいい」じゃなくて、「お前の隣『が』いい」でしょ! ――  
 そこには黒のペンでそう書かれており、涼はその筆跡に嫌というほど見覚えがあった。峰谷である。涼はその目を細めて、じろりとホワイトボードと、それを掲げている峰谷を睨み付けた。
 「……あ、あのぅ、やっぱり、私、移動した方が――」  
 あゆみはそんな涼の眼差しが自分に向けられたものと誤解したのか、怯えた口調でそう言いながら、立ち上がろうとした。涼は慌てて再びそれを制止した。
 「いや、違うって。パソコン画面とずっと見つめ合っちまってたから、目が疲れただけだって。それより、料理、美味そうだよな」  
 涼は話題を変えるためにも、ふっとテーブルの上に並んだ料理に視線を向けた。そこには肉じゃがとほうれん草の白和え、豆腐とわかめの味噌汁、そしてご飯が並んでいた。
 「え……えっと、あの、お口に合えばいいんですけど」  
 急に自分の作った料理が美味しそうだと褒められたせいか、あゆみはほんのりと頬を染めてそうぼそぼそと呟いた。
 「それじゃ、食べましょうか」  
 どうやら場が落ち着いたようだと判断し、浅子がそう言ったのを合図に全員がぱちんと合掌し、事前に打ち合わせたわけでもないのに、「いただきます」と声を揃えた。
 「……うはーっ、ご飯っす! ご飯っす! 」
 「やっぱり、ウチの味噌汁が一番落ち着くわねぇ。でも、やっぱり具は油揚げよ」
 「いやいや、なめこですよ、お姉さん。実は、鴻先生のウチゴハンはうちの編集部でも『是非食べたい』とよく話題に上ってるんですよ」
 「それより……今日のデザートは何かしら」  
 五月家の賑やかな食卓の様子に涼が呆気にとられていると、あゆみが不意にぽそぽそと申し訳なさそうにこう言ってきた。
 「ご、ごめんなさい。う、うち、いつもこんな感じ、だから」
 「え? いや、何で謝るよ。賑やかで羨ましいじゃん。俺の家(とこ)じゃ、こうやって家族でメシ喰うとか、ホント年に数回だし」
 「え? 」
 「……だからさ、ただでさえ美味いメシが更に美味く感じるっていうか、さ」

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