第二章

絡まっていく糸 14

 「……理亜さん、何でアンタがんなものを持ってんですか? 」  
 涼は理亜が自分の作ったゲームを持っていることに、思わず呻いた。
 「ちっちっちっ……鳴っち、男向けのエロゲーを女がやっちゃいけないという決まりはないっす。それに自分が書いてるのは少年漫画っすから、これはある意味、取材っす」
 「鴻先生の場合、趣味と取材の区別がついてないから困るんですよ。この前だって、作品に全く関係のないジャンルのマニアックなエロゲーを僕に買いに行かせたじゃないですか」  
 その買い物はよほど嫌な思い出だったのか、スズキは涙目でそう訴えた。
 「何言ってるんすか、スズキ君。君みたいな草食系はこうやって命令しないと、そういう場所に行く機会なんか皆無なんすから」  
 だが、理亜はからからと豪快に笑いながら、そんなスズキの訴えを一蹴した。
 「セクハラですよ、鴻先生」
 「ふはは、これも立派な編集者になるために越えなきゃいけない壁っす。頑張るっすよ……で、鳴っち、引き受けてくれるっすよね? 」
 「ったく……仕事の内容も分からないのに、ってか、まず報酬も提示されずに引き受けられるわけねーでしょ」  
 理亜の意味が分からないテンションの高さに辟易しつつ、涼はそう冷たく言い放った。
 「カラーっす。自分、パソコンでの色塗りがどうも苦手なんで、いつもはアシさんにいつも最後の仕上げやらをお願いしてるんすが、彼女がインフルで来れないんっすよ」
 「……素人の俺でも出来るわけ、その仕事」
 「このゲームの女の子たちのスチルを見れば、十分っす。この肌の質感やら何やらを再現してくれればいいんす」
 「で、報酬は? 」
 「これで手を打ってくれないっすか? 実物は仕事の後っすが」  
 理亜はそう言うと、涼の鼻先に何かが写ったポラロイド写真をぴっと素早く突きつけた。
 「これって……って、アンタ、何を取引材料に使ってんだよ」  
 鼻先につきつけられた写真に写っているのが何なのかを瞬時にしっかりと認識した涼は慌てて目を背けた。そして、理亜はしてやったりという顔でそれをさっさと引っ込めた。
 「ふはは、鳴っちもやっぱりまだまだ青いっすねぇ。写真だけでその様子だと、実物見たらすぐに卒倒じゃないんすか? 」
 「涼様、一体何をご覧になったのですか? 」
 「……何、知りたがりの腰巾着っすね。いいっす、これっすよ」  
 もう理亜に腰巾着と言われることに諦めがついたのか、峰谷はそのままそれを聞き流した。そして、理亜の差し出した写真に素早く視線を走らせた後、涼の肩をぽんと叩いた。
 「涼様……刺激は薄いと思われますが、やはり、お好きな方だと違うものですか? 」  
 写真に写っていたもの、それはちょうど入浴後なのだろう、クリーム色のバスタオルを濡れた身体にくるりと巻いた、あられもない姿でコーヒー牛乳を美味しそうにちまちまと飲んでいるあゆみの姿だった。
 「ちっちっちっ、腰巾着、理解ってないっすね。男はバスタオル一枚でも十分妄想出来るんっす。そのタオルで隠されているものを考えるだけでもう、あーんなことやこーんなことを思ったり何かしちゃったりするんっすよ。そーいうお年頃なんすよ」  
 理亜がニヤニヤしながらそう言うと、峰谷がちらりと涼の方に視線を投げた。
 「……涼様、そうだったのですね」  
 何と不憫なと言わんばかりにわざとらしく目尻をハンカチで拭う仕草をする峰谷の脇腹を思い切りぶん殴ると、涼は彼の手から写真を奪い、持っていたライターで火をつけた。
 「じゃ、引き受ける代わりに、これ、燃やすから」  
 ちりちりと音を立てて、丸まりながら燃えていく写真を涼が眺めていると、峰谷がちらりと「よろしいので」という表情を浮かべたので、じろりと睨み付け、それ以上何も言わせないように圧力をかけた。そして、理亜に冷たい口調でこう訊ねた。
 「……理亜さん、アンタバカでしょ。こんな写真なんか男に見せびらかして、その上、実物とか何とかろくでもねーことを言うし、本当に五月のこと、可愛いわけ? 」
 「可愛いっすよ……だからこそ、今こうして鳴っちが怒ってるのがすごく嬉しいっす」
 「は? 」  
 自分の問いかけににかっと笑う理亜の態度に涼は思わず呆気にとられた。
 「……ちゃんとあゆみを大事にしてくれそうだからっすよ。さ、さっさと仕事するっす」  
 さらりと理亜はそう言うと、涼と峰谷の襟首を再びぐっと掴み、半ば引きずるような形で、仕事場を兼ねている自宅へと向かった

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