第二章

絡まっていく糸 12

 「……涼様、大丈夫でしたか? 」
 「何、心配してたのかよ」  
 孫の前だというのに仲睦ましく寄り添う祖父と祖母の姿にうんざりした涼は別れの挨拶もそこそこに座敷を出た。すると、庭には不安げな表情で主人の帰りを帰りを今か今かと待ち侘びていたらしい峰谷が立っていた。
 「……当然でございましょう! あっ、それから携帯が先程から光っておりますが――」  
 峰谷の言葉に涼がちらりとポケットに入れていた携帯を見ると、チカチカと赤いLEDが点滅していた。
 「ちぃっ……」  
 その点滅を見るや否や、涼は軽く舌打ちをし、ぷつりと携帯の電源を切った。
 「……ナナセ様、ですか? 」
 「ああ……メールをシカトしてたら、今度は電話かよ。ったく、うぜー」
 「……しかし、それでいちいち電源を切っていたら、他の方とも連絡が取れなくなりますが? 」  
 峰谷の適切過ぎる指摘に思わず苛立ちながら、涼は低い声でこう返した。
 「理解ってる……ってか、祖父さんたちにも言われちまったから。さっさと決着(けり)つけろって」
 「でしょうね……それより、涼様。私の携帯に、先程、五月様のご自宅からお電話があったのですが――」  
 五月、そのフレーズが峰谷の唇から零れた瞬間、涼はそれまでのふてぶてしい態度を一変させ、目も当てられぬ程に動揺し始めた。
 「へ……さ、五月、から」
 「はい……どうなさいますか? 」
 「ど、どうって……で、でも、まだ週末じゃねーから、五月が家に居るわけ、ねーよな」
 「いえ、五月様が通われていらっしゃるのは私立の学校でございますから……平日が創立記念日でお休みという可能性もございます」  
 普段は憎たらしいほど小生意気な主人が珍しく動揺しているのを峰谷はどこか面白がっているような表情で見つめた。
 「お、お前、絶対面白がってる、だろ」
 「ええ、面白がらせていただいております。涼様がここまで動揺なさるとは……五月様のこと、相当お好きなんでしょうねぇ」
 「……いや、だから、その、今、話すわけ、いかねーじゃん。ナナセのこと、とか」  
 涼はそう峰谷に言い放つと、すたすたと車の方へ歩き出した。すると、不意に峰谷の携帯が短い着信音を奏で始めた。
 「ちょっと失礼致します……ああ、はい、そうでございます。はぁ、少々、お待ち下さい」  
 峰谷は涼に断ってから電話を取り、にこにこと穏やかな口調でそう応対すると、涼の耳元にぽそぽそとこう囁いた。
 「五月様からですよ。どうされます? 」
 「……ど、どうするも、何も、その――」
 「なら、話したくないとお伝えしましょう」
 「ご、誤解したらどーすんだよ。いい、貸せよっ」  
 涼は峰谷から携帯を引ったくるように奪い取ると、小さく咳払いをして電話に出た。
 「も……もしもし? 」
 「ちーっす、バカ涼」
 「何だ、お前かよ……」  
 電話の相手が愛しのあゆみではなく、その保護者であるアユミであったことに、涼は軽い失望の色を声に滲ませた。ただ、ほんの少しだけ、安堵もした。
 「何、あたしじゃ不満なわけ? ナナセとうだうだ続いて、別れられないくせに、そういう要求は一人前にするわけ? 」
 「いや、だから……その件が片付くまでは、五月と連絡、取れないって思ってたから」
 「だと思った……まぁ、アンタのそういう律儀なところは好きだけどさ」
 「そりゃどーも……で、五月、げ、元気? 」
 「んー、まぁ、普通に元気。と、言いたいところだけど……うじうじ悩んでる、実際」
 「悩んでる? 」
 「そう……いじらしいくらい、自己嫌悪中」
 「……自己嫌悪中? 」
 「そう……彼女がいる誰かさんを好きになっちゃったこととか、それが分かってるのに、まだ諦められないこととか。まぁ、可愛いくらいに悩んでるわよ」
 「…………」
 「けど、仕方ないと思うわよ、あたしも今の状況は……ナナセ、すごく不安定だし」
 「不安定? 」
 「ん……この前さ、酔っぱらった状態でウチに来たのよ。んで、あの娘に『リョウのこと、奪(と)らないで。お願い』って泣いたし」
 「はぁっ? ざけんな、それ」  
 アユミの言葉で涼の胸に七世への怒りがふつふつと湧き上がった。酔っぱらった七世の悪態にあゆみはものすごく困ったに違いない。そして、それがあゆみの自己嫌悪に更に拍車をかけたと思うと、涼はいたたまれなかった。

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