カノジョと彼女 7 (ああ、なるほどね。だから、あの時、自分の名前を口にしたんだな。ってことは、こいつも五月と同じ名前ってことで……うわ、ややこし) 涼の脳裏に、タイムカプセルを掘り出した時のあゆみの不自然な言動が蘇り、そんなことを考えた。すると、涼の思考を再びそっくり読み取ったように、保護者はにやりと笑った。 「確かにややこしいけど……なら、あたしのこと、別の名前で呼んでもいいわ。まぁ、下手なネーミングだったら、ぶっ飛ばすけど」 「なっ……」 「何で俺の考えてることが理解るかって? 」 保護者はそう言いながら、鋭いナイフにも似た冷たい眼差しで涼をじっと見据えた。だが、涼も押されてばかりはいられず、逆に冷たい瞳で見つめ返した。 「……仕方ないじゃない。読みたくなくても、読んじゃうんだから。そうじゃなきゃ、守れなかったんだもの。あのコを」 涼のそんな眼差しに、保護者は肩をすくめ、 どこか自分に言い聞かせるような口調でそう呟いた。涼は思わずこう訊き返した。 「あのコってのは……俺の知ってる五月のことだな。お前が守らないと、何かアイツに危害が加わるようなことがあったのか? 」 涼の脳裏に浮かぶあゆみは、いつも無邪気に微笑み、お人好しな雰囲気の少女だ。そんなあゆみが、彼女の保護者が他人の心を否応にも読まねばならぬほどの危険や悪意に晒されることなどあるのだろうかという疑問がふっと涼の脳裏に浮かんだ。すると、再び心を読んだのか、保護者は酷く静かな口調で涼の疑問にこう答えた。 「確かに、今のあのコを知ってる人間には想像できない、でしょうね……でも、そんなことがあったからこそ、あたしは生まれたの」 保護者は先程脱いだ紺色のキャップを手で弄びながら、どこか哀しげな表情を浮かべた。 「……んで、その保護者殿が俺に何の用だ? アンタの大事な五月にもう近づくなってんなら、心配すんなや。俺だって、多少は良識くれー、あるぜ。五月に俺が相応しくねーことくれー、さすがに理解って――」 「理解ってないわよ。ってか、アンタ、ナナセっていう女からも言われたんじゃない? アンタがあのコのことを何にも理解ってないまんま、相応しくないって身を引くのは、結果的にはあのコから選択する権利を奪って、臆病な自分を納得させようとしてるだけよ。そう、単なる自己満足だわ」 保護者は涼に向かって一気にそう言い放つと、深い溜息ついたのを合図にするかのように、弄んでいたキャップを再び目深に被った。 「……じゃ、どうすりゃいいんだよ? ちゃんと『お前のことなんて興味ねー』って綺麗さっぱりフッちまえばいいわけ? 」 「あのねぇ……」 保護者は涼の言葉に一瞬眉をしかめた後、ちょっと考え込んで、更にこう続けた。 「まぁ、いっか。そーやって自分に嘘をつき続けて、新月の晩にでも今まで騙してきた遊び相手に刺されちゃえばいいわね。自業自得だって、嘲笑(わら)ってやるわよ。まぁ、あのコは泣くだろうけど、きっとアンタみたいな最低な男のことなんて、すぐに忘れるわね。あたしとしちゃ、それでいいけど! 」 ケラケラと嘲笑う保護者のそんな言葉に、涼は無意識に唇をぎりぎりと噛み締めていた。自分であゆみに相応しくないと口にすることはできた。だが、それを他人に、しかも人格(なかみ)は異なれど、当のあゆみに言われるのだから、あまり気持ちは良くない、むしろ不愉快だ。しかも、あからさまに馬鹿にしたように、その保護者がケラケラと嘲笑うものだから、涼は思わず拳を固めた。涼の行動に気づいた保護者はまるで挑発するかのように、更にこう続けた。 「あたしを殴るの? どうして? アンタが日々誰かにぼやいてることを、心の中で言ってることを、言葉にしただけじゃない。口では相応しくないだの何だのって逃げてるけど、本当はそれを否定されたくないんでしょ。自分では言うけど、他人には言われたくないから、殴るなんて……完全なお子ちゃまね」 「……黙れ」 涼は低い声でそう保護者に警告した。それ以上言われたら、たとえ愛しい少女の姿をしていても、目の前のムカつく女を殴り倒しそうだった。だからこそ、そう警告した。だが、保護者は相変わらず挑発的な態度を崩さなかった。そして、更にこう続けた。 「はぁ? 殴るぞって脅して、これ以上何も……」 「黙れって、言ってるだろ! 」 涼はそう言うと同時に側にあった壁を殴り、何か割れる音が辺りに響いた。いくらムカついていたとしても、やはり愛しい少女の姿をした女を殴るなど、涼には出来なかった。 |