カノジョと彼女 5 「……じゃ、またね」 「ああ」 幾度かの戯れの後、どこか心に澱を残したまま、涼は七世と別れ、夜の繁華街をぶらついていた。すると、不意に背中から誰かに抱きつかれた。 「やっぱし、リョーだったっ! 」 撒き散らされる甘ったるいコロンの香りとそのけたたましい声に涼はふっとその整った眉を思い切り顰めつつ、振り返った。そこにいたのは、先日あゆみに良からぬ事実を吹き込んだと佐山が言っていた、あのマルヤマ ミキだった。 「……何よ、その嫌そうな表情はぁ。久々に逢ったモトカノにその態度はつれないんじゃなぁい? 」 (うぜぇ奴に遭っちまったな。だいたい、モトカノとかじゃなくて、むしろセフレ……いや、単なる都合のいい女? まぁ、ここでつれなくすると尚更騒ぎそうだし、適当に相手して逃げるか) 「ああ、悪りぃ。けど、いきなり背後から抱きつくのもどうよ? 」 「いーじゃん。アタシみたいな可愛いコに抱きつかれるなんてなかなかないよぉ」 (可愛いコ? お前が? お前、眼科に行った方がいいぜ。顔同様、別に身体もそこまでイイわけじゃなかったし……可愛いってのは、むしろ五月のような――) ふっと涼の思考がそこで止まった。また、あゆみのことを想い出してしまった。いくら忘れよう、忘れようとしても、あゆみの面影が脳裏にふっと過ぎってしまう自分に、涼は苦笑いを浮かべた。自分の背中にひっついているマルヤマを剥がしながら、涼は内心ぼやいていた。 (どんだけ俺、五月が好きなんだよ……相応しくねーって理解ってるんなら、さっさと忘れちまえばいいのに。我ながら、未練がましいというか、何というか――) 「ねぇ、リョー。どしたの、急に黙り込んじゃって……もしかしてぇ、アタシが綺麗になっちゃったから、別れたの後悔しちゃったり、なんかしてるぅ? 」 自分が黙っているのをいいことに、勝手なことを口にするマルヤマに内心うんざりしながら、涼は彼女の相手を仕方なく続けた。 「さぁ……それより、お前、確か俺に弄ばれたとか何とか言って、『被害者の会』作るつもりなんだろ? いいのか、呼びかける奴がこんな風にくっついて」 「ああ、佐山君がチクったんだ……けど、あれってぇ、真っ赤な嘘だしぃ、文句ゆー前にぃ、アタシに感謝して欲しぃんだけどぉ」 「はぁ? 」 「あー、リョーは知らなかったんだぁ。あのねぇ、サツキアユミってぇ、見かけによらずぅ、かなりのキケンジンブツなんだよぉ」 「キケン、ジンブツ? 」 涼はマルヤマの言葉に怪訝そうな表情を浮かべ、そう問い返した。 「そー……だってぇ、ほらぁ、あのコ、頭、おかしーんだよ。だからぁ、ジモトのガッコーじゃなくて、ギンカゴに行かされたらしーよぉ」 お前のその喋り方こそ聞いている方が頭がおかしくなりそうだと悪態をつきたくなるのを必死で堪えながら、涼は適当に頷きつつ、さらにマルヤマに一応話を続けさせた。 「だからぁ、んな頭のおかしー女に付き合わされたらぁ、さすがにリョーが可哀想かなぁって思ったのぉ」 (今のお前の馬鹿っぽいお喋りに付き合わされてる方がよっぽど可哀想だってーの。ってか、コイツ、自分のお喋りがどんだけ馬鹿っぽいか気づいてねーのか? ) 涼が内心そんな風に毒気づいていることをいざ知らず、マルヤマは調子にのって更にこう言った。 「ほらぁ、タジュージンカクとかニジュージンカクとかあるじゃん。サツキってば、そーいうビョーキなんだってぇ。だからぁ、リョーとあんまし関わんないほうがいーって思ったんだよねぇ」 「ふぅん」 涼はそこまで聞き終えると、マルヤマに別れを告げることもなく、さっさと彼女に背を向けた。 「ちょ、ちょっとぉ。久しぶりに逢ったのにぃ、それはないでしょぉ」 「悪りぃ……俺、他人の悪口言う女、大嫌いだから」 「サイテー! こんないい女が誘ってるのにぃ」 自分に向かって叫ぶマルヤマに対して、涼は振り返り、冷たくこう言い放った。 「ふん……いい女ってのは、もうちょっと賢い喋り方して、いい身体してる奴のコトを言うんだぜ。お前、元々が問題外、だから」 「サイテー! このぉ、女の敵ぃ! 」 |