カノジョと彼女 4 「……けど、その前にちゃんとアタシとのこと終わらせなきゃ、駄目よ」 不意に七世がぼそりとそう呟いた言葉に、涼はこう言い返した。 「なら、お前もその……ヤツハって奴とより戻す時にはちゃんと俺とのこと、終わらせろよ」 「戻らないわよ、あたしたちは……だって、ヤツハ、奥さんと子どもがいるんだから」 「え……そっか」 七世の言葉に涼は一瞬戸惑うような表情を浮かべた後、低い声でそう呟いた。 「あっ、勿論……あたしと別れた後で結婚して、子ども生まれたのよ。言っとくけど、あたし、他人様のモノをかすめ取るような、ケチな真似は嫌いだから」 七世はそうカラカラと明るい声で笑ったが、それが彼女の必死の演技だということは涼も理解っていた。 「ん……それでも、好きなんだな」 「そうよ……だけど、他人様のものになっちゃったんだから、もう逢っちゃいけないの。リョウ、アンタにはそんな想い、して欲しくないのよ、あたし」 七世がそう淋しそうに微笑って頬に触れようとする手を振り払い、涼は冷たい声でこう言い返した。 「やめろ……それに、俺がどーなろうと、結局ナナセにはカンケーねーじゃん」 涼のその言葉に七世は相変わらず淋しそうな微笑を浮かべ、彼に振り払われた手をそっと引っ込めた。 「ん、カンケーないね。それに、この先、ずっとこの関係が続くわけじゃないし」 「ああ。結局、俺たちのこの関係って……」 あるフレーズを言いかけた涼の唇を、七世の人差し指が塞いだ。 「やめましょ……言ったって、虚しくなるだけ、だわ」 「ん」 そんな会話を終えた後、涼と七世はまるでお互いの胸にある鬱屈した何かを全てぶつけ合うように、また戯れ合った。ただ、今回の戯れは、お互いに抱えている寂しさを一時の快楽へと変換するいつものそれとは違っていた。出口のない、真っ暗なトンネルをあてもなく彷徨い歩いている時にも似た、不安と恐怖が入り交じった感情と苛立ちはいくら戯れようと、快楽に変わらない。まるで澱のように胸の奥底に溜まっていくだけだった。 「……リョウ」 「ん? 」 「ケータイ、光ってるよ」 どこかすっきりしない戯れの合間、七世がサイドテーブルで涼の携帯がチカチカとLEDを点滅させているのを教えた。涼はちらりとLEDの点滅に視線を向けた後、ふっと苦笑いを浮かべた。 「誰からか、判ってるの? 」 「ん……あの点滅からして、峰谷」 「ああ、この前の世話係さん……けど、大事な用かもしれないじゃん。出ないつもり? 」 「ホントに大事な用なら、アイツの場合、GPSで俺の居場所を特定して、迎えに来るさ」 実際、この前がそうだった。先日、実家の離れにいる祖父が急に具合が悪くなったとかで、親族連中が駆け付けるという騒動があった。その時、涼は今日と同じように七世と繁華街のファッションホテルにいたのだが、峰谷がすぐに迎えに来た。 「よく、俺がココにいるって分かったな」 「そりゃ、貴方様と伊達に長くお付き合いしておりませんからね」 「長年の勘ってやつか? はん、お前にんなもんがあるとは思えねーんだが? 」 「白状しますよ。貴方様の携帯のGPS情報を辿って、お迎えに参りました。これで、納得していただけますか? 」 「げっ、プライバシーの侵害じゃねーか。だいたい、別に祖父さんの具合、そこまで悪くねーんだろ? 何でわざわざ俺が実家まで行かなきゃなんねーんだよ」 「あのですね……涼様はご自分のお立場を理解っておられますか? 貴方様はゆくゆくは――」 「はいはい、俺がゆくゆくは鳴沢財閥を背負わなきゃなんねーって話だろ。よくよく理解ってるつもりだぜ? けど、俺がいねー方がコトが都合良く運ぶ奴もいるだろ? 」 「いいですか、物事には都合良く運んでよいものとそうでないものがあるのですよ、涼様。貴方様がいらっしゃらない場で行われるそれが、後者に属するものだというのは、無論ご存知でしょう」 「ああ、そりゃ嫌ってほど……けど、お前にとっちゃ、いい話じゃねーの? 俺みたいな厄介な奴から解放されるじゃねーか」 「馬鹿なことを仰らないで下さいませ! 」 その時の峰谷の憮然とした表情を思い出し、涼はくくっと喉を微かに鳴らして笑った。 |