第一章

カノジョと彼女 3

 他愛もない世間話の後、涼と七世は普段通り、繁華街の隅にあるファッションホテルの一室で戯れていた。七世とこうした時間を持つようになって、涼の女遊びの機会はぐっと減っていた。他の女と遊ぶとあれこれ彼女でもないくせに詮索されて鬱陶しく感じることも多かった。また、遊びだからと割り切った態度を取ろうものなら、それこそ泣きわめいて騒がれた。しかし、七世相手ならそうした心配はないし、そんな態度を取っても、ごく当たり前に流してくれる。だから、楽だった。
 「リョウ……そういえばさ、その『サツキ』って娘、同じ学校に通ってんの? 」  
 コトが終わった後の気怠いひととき、七世は急にそんなことを訊いてきた。
 「え? いや、『銀の鳥籠』に通ってるらしいけど」
 「へぇ……じゃぁ、あたしの先輩の妹ちゃんなら顔くらい知ってるかもね」
 「え? ナナセのセンパイ? 」
 「そう。理亜(りあ)先輩ってんだけどね、もう引退しちゃったけどさ、『プリンセス』を作った人。男気があって、すごーく面倒見が良くって、今でもたまに顔出してくれんの」
 「ふぅん」  
 あまり気乗りしなさそうな涼の返事に、七世は、彼の額をつんとつついた。
 「ってか、そのサツキちゃんって娘にさぁ、リョウはちゃんと『スキ』って言ったの? 」  
 涼は七世の問いかけに答えず、サイドテーブルに置いてあった煙草を一本を取り、火を点けた。ふっと紫煙が天井へと消えていく。
 「言うわけねーじゃん」
 「ああ、やっぱり……だってさぁ、『キミがボクの気持ちに気づかなくたっていい。キミの笑顔を見つめてられたら、幸せだから』だからね」  
 七世のその言葉に涼は思わず頬を染めた。何故なら、七世が口にしたのは、涼が前回、「距離感」というテーマで書いた詞の一部だったからである。
 「言うな」
 「だってさ……けどさ、こーいう詞書けるんなら、さらさらーっと甘い言葉を書いて、メールで告ればいいじゃん」
 「あのなぁ……俺は五月のアド自体知らねーし。だいたい、五月がケータイ持ってるかどうかも分かんねーし」
 「うわ、分かんないことだらけなんだ。じゃぁ、アタシが妹ちゃんに頼んで、調べて貰おうか? 」  
 七世の言葉に涼はゆっくり首を横に振った。そして、酷く淡々とした口調で語り始めた。
 「あのなぁ……仮に五月がケータイ持ってて、アドを俺が知ってたとして、俺が急に『スキだ』なんてメールを送ってきたら、それこそアイツ、困ると思うぜ」
 「まぁ、確かにリョウの今までの行動から判断すると、『何か企んでる』って警戒されてるんじゃない。でも、このままだと、いつか誰かに掻っ攫われるでしょう。リョウがそこまで惚れる娘ならさぁ」  
 七世のそんな言葉に涼はふっとその整った眉を顰め、天井を仰いだ。  
 (んなの、理解ってるさ。けど、五月にはさ、ちゃんと相応しい奴が現れるだろうから。それを邪魔する権利なんて、俺なんかにはねーもん)  
 涼がぼんやりとそんなことを考えていると、不意に七世が淋しそうに呟いた。
 「……どーせ、遊び人の自分には相応しくないなんて思ってんでしょ? あのさぁ、それって、リョウが判断することじゃなくてさ、そのサツキちゃんって娘がするもんでしょ? 判断する前に結論を予想して、その機会を与えないなんて、逆に迷惑じゃない? 」  
 七世の言葉が正しいのは涼もよく理解っていた。しかし、それが今の自分にはなかなか出来ないこともよく理解っていた。
 「……じゃ、ナナセ。お前はその、ヤツハにちゃんと『スキ』って伝えた、のかよ? 」
 「ええ、伝えたわ。そして、付き合ってた……けどね、それがあたしのためにならないって、勝手に判断してさ、ヤツハはある日、突然姿を消したわ」  
 七世はそれまでとは違う、低い声でそう憎々しげにそう呟くと、涼の頬を両手で掴むと、むにーっと引っ張った。
 「だから、そーいう勝手な判断するの、すごくムカつくのよ。いい、アンタが付き合うのに相応しい男かどうかを決めるのは、アンタ自身じゃなくて、サツキちゃんなの。そこの所、勘違いしないで! 」
 「ひょんにゃに、ひゅきにひゃらなくひぇもひひひゃろ(そんなに、ムキにならなくてもいいだろ)」  
 涼は両頬を引っ張られながら、相変わらず憮然とした表情のまま、そう七世に言い返した。だが、七世はそんなことは気にもせず、相変わらず涼の頬をむにーっと掴んでいた。

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