第一章

カノジョと彼女 2

 「待ったか? 」
 「んー、結構ね」  
 繁華街の手前にある、大手チェーンのカフェ。そこが七世との待ち合わせの場所だった。あの一夜以来、涼は七世と定期的に会うようになっていた。とはいえ、恋愛感情が芽生えたというわけでもない。涼と七世との関係は、傍目から見れば、やっているコトから判断すれば、恋人同士だった。けれども、実際の所、恋愛感情が芽生えたのではなかった。涼と七世が表面上は恋人のような関係を続けていた理由、それは出会った時と同じで、『手が届かない好きな存在(ひと)をお互いに重ねている』という、傷の舐め合いだった。
 「悪りぃ……ってか、何飲んでるの? 」
 「何、飲みたいの? ティラミスフラペチーノってやつ。結構美味しいけど」  
 七世は自分の飲みかけのカップをすっと涼の目の前に差し出した。涼は首を横に振った。
 「うげっ。甘いの苦手だから、いらねーよ」  
 涼はレジカウンターで自分の分のコーヒーを注文し、それを受け取ってすぐ、七世のいるテーブルへ戻ってきた。
 「約束してて何だけど……バンドの練習だったんでしょ? いいの、ボーカルが抜けて」
 「んー、今日はな。まぁ、今日は話し合いがメインだったし、いいんじゃね? 」
 「そうね。けど、話し合いって? 」
 「今度、オリジナルの曲を作ろうって話が出て、そのことで色々とな」
 「ああ、なるほど……で、リョウは『詞』を担当することになったんだ」  
 七世が急にクスクスと笑い出したものだから、涼は思わずふっと微かに頬を赤らめ、こう問い返した。
 「な、何で、知ってんだよ? 」
 「だって、『ROA』のホムペで告知してんだもん。知ってるに決まってるじゃない」  
 七世は携帯のディスプレイを涼の目の前に突きつけた。すると、そこには黒色の背景に「今度、ROAのオリジナル曲を作ります。曲はもとみー、詞はりょーが担当しまーす。ちなみに、りょーの詞はすげーオススメ! 」という告知が絵文字とともに踊っていた。
 「……ったく」  
 涼はふっとそう呟いた。そういえば、本宮からこの前、「ROA」の公式ホームページを作ったと報告があったのをふと思い出した。まさか、自分が帰った後すぐにホムペにそんな告知をアップしたのかと、涼は今さらながら本宮の機動力に少し驚いた。
 「……でさ、リョウってどんな詞書くの? 」  
 七世が不意に声のトーンを落とし、そう訊ねてきた。七世がそんな風に話すのは、だいたいその話題に興味を持った時だった。
 「どんなって……普通の詞さ。それに、曲が出来てねーんだから、まだ書いてねーし」  
 涼はあっさりとそう言い放った。まさか、あんな甘ったるい詞を書いたなんて、また今回もそんなのを期待されているなんて、口にするのも恥ずかしい。別に七世に気兼ねしているわけじゃない。ただ、恥ずかしいだけだ。
 「普通って、リョウの普通って普通じゃないって思うんだけど、色々。じゃぁ、じゃぁ、前の詞はどんなの書いたの? 」  
 七世はまるで知りたがりの幼子のように、テーブルに身を乗り出して訊いてくる。
 「だから、言いたくねーの」
 「ちょっとぉ、それってあんまりじゃない。せっかく、あたしが興味持ったのに」
 「うわ、自己中っ! お前が興味持ったら、全部話さなきゃなんねーわけ? 」
 「当たり前じゃないっ」  
 七世がきっぱりそう言い放ち、にこっと笑った。涼は呆れた声で七世にこう訊き返した。
 「お前は女王様か? 」
 「えーっ……ってか、むしろ、ナナセ様? 」
 「ったく」  
 七世がクスクスとそう笑いだしたものだから、涼もつられてケラケラと笑い出した。
 「……まぁ、何となく想像はつくのよねぇ」  
 ひとしきり笑った後、七世がぼそりとそう呟いた。
 「え? 」
 「例の『サツキ』ってコのこと考えながら書いたんでしょ? で、相当甘い感じになってて、恥ずかしいんでしょ? 」
 「そこまで理解ってんなら、訊くな」  
 そこまで見透かされているのに、嘘をつくのは無駄だろうと判断し、涼はその問いかけを肯定し、頬杖をついて横を向いた。
 「……あはは、リョウが拗ねたぁ」
 「じゃぁ、お前……『ヤツハ』のこと想って踊ること、ねーのかよ? 」
 「あるよ、そりゃ……ってか、踊ってる時はいっつも考えてるし。まぁ、言ってみれば、ヤツハのことを考えるのが、あたしには一種の精神集中法になってんの」  
 自分の想いをそうきっぱり言い放った七世の横顔が、涼にはほんの一瞬、綺麗に見えた。  

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