カノジョと彼女 1 本宮の父親が経営している喫茶店トワレの二階にあるスタジオ、そこがROAの練習場所である。フミヤが抜けて以来、涼が正式なボーカルとなったROAは以前とは違い、定期的に週末に練習するようになった。というのも、以前はフミヤがあれこれ理由をつけて、自分勝手に練習日を決めていたからだった。今回からは定期的に練習できるということで、その記念でオリジナルの曲を作ろうという話題で涼以外のメンバーは盛り上がっていた。 「……じゃ、曲は本宮に頼むとして、詞は涼で決まり、だよな」 「え? あ……悪りぃ、聞いてなかった」 佐山から自分に話題を不意に振られ、涼ははっとして、申し訳なさそうにそう答えた。 「何だよ、また寝不足かぁ? 女遊びもほどほどにしろよ」 本宮の軽口を制し、長屋が心配そうに訊く。 「えっと、涼さん……もしかして、悩みでもあるんじゃないです、か? 」 涼はその長屋の問いかけにふっと微苦笑を浮かべたものの、それに答える気はなかった。 その代わり、佐山の問いかけにこう答えた。 「まぁ、とりあえず、書いてみるけど……俺より、最近充実してるお前の方が良い詞書けんじゃねーの? 」 最近、どうやら佐山は愛しの千香と上手くいっているらしい。その幸せオーラを詞にぶつければいいだろと、涼は暗に皮肉った。 「冗談っ。お前、俺の国語の成績、知ってるか? 平均80点のテストで15点だぜ。そんな俺に才能なんてあるかよ? 」 だが、そんな涼の皮肉はどこへやら、佐山は不意に先日あったらしい期末テストの話題を持ち出した。すると、本宮と長屋の表情が一気に曇った。どうやら、この二人もあまり芳しい結果ではなかったらしい。だが、涼はそんなことは一向に気にする様子もなく、さらにぼそりとそう返した。 「いや、俺、そのテストすら受けてねーんだけど」 俗に言う不登校の自分はテスト自体受けていないのだから、その点数でどーのこーの言われても困ると涼は暗に匂わせた。 「……けど、ほら、この前、テーマ決めてみんなで詞を書いてきて貰っただろ? あの詞の中で、一番涼のが良かったしさ」 「え? ああ、あの『距離感』ってので書いたヤツ? あんな甘いの、もう書けるか! 」 涼はふっと自分で書いた詞の内容をふと脳裏に思い出し、半ばふて腐れ気味にそう言った。その詞はあゆみのことを想いながら書いてしまったため、相当甘い代物だ。詞の言葉が甘いんじゃない、むしろ、そこに謳われている感情が甘ったるく、砂を吐きそうなのだ。 「なら、この前の詞で手を打つけど? 詞から曲作ればいいだけの話だし」 涼が書かないと宣言したことへの報復のつもりなのか、佐山がそう言い放った。 「ああ、それいいな。んで、それを歌う時のライブに五月さんを誘えば、間接的には告白にもなるじゃん。俺らのオリジナルも出来るし、涼の恋も実る、まさに一石二鳥じゃんか」 佐山の言葉に本宮がここぞとばかりに乗ってきた。そんな本宮の言葉に、涼は思わず溜息を漏らした。あれを他人が歌うだけでも恥ずかしくて死ねそうな気がするというのに、自分でそれを歌うとなれば、ステージが自分の死に場所になるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。その上、あゆみに間接的にせよ告白というのは、更にもっと避けたい。 「そんな質問、冗談でも笑えないよ? 」 あゆみの言葉が、困ったような微笑が何度も何度も涼の脳内でリプレイされる。あゆみのあの時の「冗談でも笑えない」という言葉は「冗談だったとしても、涼を彼氏だというのは迷惑だ」ということかもしれない。千香はあゆみが涼を好きだと言ったが、そんなの常日頃変わりやすい人の心、特に女心である、いつまでも変化がないわけがないだろう。 「……あー理解った、理解った。本宮の曲を聴いて書くから。だから、あの詞はもう廃棄してくれよ、頼むから」 色々と考えた結果、涼は両手を挙げて降参のポーズを取り、微苦笑を浮かべた。すると、佐山は面白くなさそうにこう呟いた。 「……何だ、書いちまうのかよ」 「はぁ? 書けって言ったのはお前じゃん」 「いや、だって……そーやっていかねーと、お前らの恋愛って、なかなか進みそうにねーじゃん。涼はらしくなく、何か妙に遠慮してるし、五月さんはかなり鈍感っぽいし、このままじゃ、色々と駄目だろーが」 「……いいんだよ、それで。じゃ、俺はもう帰るぜ。ちょみっとカノジョと約束あっから」 涼は吐き捨てるようにそう答えると、イスにかけていた上着を取り、スタジオを出て行った。涼のその言葉に佐山は溜息をついた。 「カノジョって……また、遊び相手だろ? 」 |