カノジョと彼女 19 つり革に掴まって電車に揺られながら、涼は飽きもせずあゆみをちらちらと観察していた。ぼんやりと窓辺で流れる景色を見つめているあゆみの横顔はとても綺麗だった。思わずポケットの中にある携帯を取り出し、写メを撮りたくなる。しかし、辛うじて理性でその衝動を抑えた。そうでもしなければ、車内を巡回している車掌に「この人、変態です」とあゆみの前で突き出される羽目になりそうな気がしたからだ。 (お、俺、不審者だよな、こーしてても) 涼が自分を先程からちらちらと観察していることに当のあゆみ自身は気づいていないようであった。だが、他の乗客たちはとっくの昔に気づいているらしく、不審者か何かを見るような視線で涼を見つめていた。無論、涼もそうした冷たい視線には気づいていたものの、やはりあゆみから目を離すことは出来なかった。 (あ、あと、チャンスは降りる時くらいだよな……で、でも、何て話しかければいい? ) 人間、タイミングを逸してしまうと、一度こうすると堅く誓った決意ですら、ぐらぐらと揺れ始めてしまう。 (情けねーな……何で、「ライブに来て欲しい」って言うだけなのに、こんなに緊張すんだろ) 自分がいかに意気地無しなのかを思い知りつつ、涼は相変わらずあゆみをちらちらと見つめていた。すると、不意にあゆみと視線が合った。どうやら、隣のサラリーマンが先程から見られていることを教えたらしい。 (うわっ、ヤバっ) 涼は慌ててそっぽを向いたが、当然もう遅い。揺れ動く電車の中、あゆみは鞄を持ってすくっと立ち上がると、涼の側まですたすたと歩いてきた。その後、あゆみは涼に倣ってつり革を握ろうとしたのだが、如何せん、背丈が足りないせいで、届かない。まるで風に揺れる柳の葉に飛びつこうとするカエルのように、ぴょこぴょこ跳ねてはみたものの、やっぱり届かない。あゆみのそんな様子に涼は思わずぷっと吹きだした。 「……仕方ないでしょ。届かないんだから」 その憮然とした口調で、涼は隣にいるのが、あゆみではなく、アユミであることを知った。 「悪りぃ、悪りぃ……」 「ってか、アンタ挙動不審過ぎだから」 アユミはきっぱりそう言い放つと、きゅっと涼のジャケットの裾をぐっと掴んだ。 「な、何だよ」 「つり革に届かないから、アンタがつり革の代わり。しっかり、立ってなさいよ」 有無を言わさぬアユミの物言いに、涼は返す言葉もなく、こくりと頷いた。 「なぁ……その、さっき、五月、普通に話しかけてきたんだけど――」 「ああ、あれ……アンタに話しかけたのはあたし。あのコはアンタに言われたこと気にしてるから、絶対に声なんか掛けないわよ」 「……ああ、まぁ確かに」 「んで、アンタが携帯落としたとこから代わったはいいけど……あのコ、無理矢理笑って逃げたし。いや、アンタが逃がしたし」 「そっか。あれ、やっぱ、演技だったのか」 涼はあゆみの先程の整い過ぎた穏やかな微笑を脳裏に思い浮かべ、そう呻いた。すると、アユミに脇腹を軽く小突かれた。 「演技じゃなきゃ、何だって言うのよ。だいたい、アンタの言葉であのコ、今週ずーっと暇さえあれば泣きっぱなしだったんだから。周囲には『アレルギー鼻炎』で誤魔化してたけど」 「誤魔化せたのか、それで? 」 「なわけないでしょ……でも、あのコが何も言わないから、誰も無理に訊かないわ」 「そっか」 「……で、どうするの? 」 「え? 」 「このまま、あのコに『鳴沢君は私が嫌い、関わられるのも迷惑だって思ってる』って誤解されたままでいいわけ? 」 「そ、それは……」 「嫌なら嫌ではっきりさせなさいよ……ったく、煮え切らないよね、ホント」 口ごもる涼に対して、アユミは酷く苛立った口調でそうきっぱり言い放つ。 「……その、何か五月を前にするとさ、その、か、肝心なことが言えねーってか」 「……はいはい、言い訳は何とでも出来るわ。あのコを前にして何も言えないとなると、アンタ、どうやってあのコに『好き』だって伝えるつもりなわけ? 手紙? メール? それとも誰かに頼む? 」 「…………」 「んもーっ、イライラするわね、その態度。いい、ちゃんと告白するだけの勇気がないんなら、さっさと忘れて。あのコの心にアンタって男がいるだけで、あたしが辛いんだから」 アユミの声が何故かほんの少し震えていた。 |