カノジョと彼女 17 1週間後の金曜日、アユミの情報提供に従って、涼は若宮駅前にあるファミレスであゆみが来るのを今か今かと待っていた。若宮駅のある若宮町は涼の住む香宮市と比べて、非常に田舎だ。都会では腐るほどあるコンビニもファミレスも駅前に1軒しかない上、24時間営業ではないらしい。 (やっぱ……田舎だな。コーヒーも缶のやつより大分マシだけど、美味くはねーし) 涼は何杯目かのコーヒーを啜りながら、店内を一瞥した。確かに店の中は小綺麗だ。だが、ディスプレイなどは街の店では随分前に消えてしまったものばかりで、どこか場末の雰囲気を漂わせている。しかも、ドリンクバーもないから、コーヒーのお代わりもいちいち、テーブルの上の呼び出しボタンを押して、ウェートレスを呼ばなければならない。 「……悪いけど、コーヒーおかわり」 「はぁい」 アルバイトと思われる、若いウェートレスはカップをコーヒーを注ぎながら、妙な視線を涼に向ける。最初の1、2回は「自意識過剰か」と思っていたのだが、どうもそうではないらしい。 「あのぅ」 「ん? 」 「どなたかを待ってらっしゃるんですか? 」 「まぁ、知り合いを……」 ここは嘘も方便で「彼女を」とでも言えればいいのだが、そうなりたいという希望はあれど、あゆみは「彼女」ではない。 「知り合いって……彼女さんですかぁ? 」 「…………」 このファミレスは店員教育が出来てないのかと思いつつ、涼はあからさまに不機嫌そうな態度を取り、そのまま黙ってコーヒーを飲み始めた。しかし、ウェートレスは涼のそんんな態度など気にもせず、相変わらず喋り続けた。 「……あっ、『銀カゴ』の娘たちが帰り始めましたね。でも、気の毒ですよね、若いのに、あんな厳しい所に閉じ込められて」 「……そう? でも、それって望んであそこに通ってる奴に失礼じゃねーの? 」 コーヒーを飲み干した涼はそう言い放つと、伝票立てに立っていた伝票を取り、立ち上がった。そんな涼の後を、ウェートレスは慌てて追った。 「釣りはいいから」 レジ係も兼ねているらしい、件のウェートレスに涼はコーヒー5杯分の金額よりも、多少多めの金額を支払い、そのまま店を出ようとした。すると、ウェートレスがサービスだと言って、包み紙に店のロゴマークが印刷されたチューインガムを差し出した。 「いや、いらねーから」 「いえ、決まりですので」 涼がそう言ったにも関わらず、ウェートレスは彼の手にガムを握らせた。 「……ったく」 店を出た後、ウェートレスが握らせてきたガムをちらりと一瞥した涼は軽く溜息をついた。包み紙にはこっそりとメールアドレスらしき文字が書かれていた。きっと、あのウェートレスの携帯のメルアドか何かだろうと、涼はくしゃりとガムごと包み紙を握り潰した。 (お前みてーなの相手にしてる暇はねーんだよ) 涼は握り潰したそれを駅前にあるゴミ箱にポイっと捨てると、改札口の辺りにさっと視線を走らせた。どうやら週末に帰省する生徒は意外に多いらしく、改札口周辺は紺のブレザーにギンガムチェックのスカートという、「銀カゴ」の制服を纏った少女たちで溢れかえっていた。 (えっと、五月、五月は……いたっ! ) あゆみは改札口の近くで友人らしき少女たちと楽しげにお喋りをしていた。 (楽しそうだな……五月。もう、落ち込んでねーよな) そう思った瞬間、涼の胸には少しの安堵感とともに何とも言えない寂しさが押し寄せた。確かに、あゆみが1週間のうちに何とか立ち直っていることが嬉しい。しかし、それはあゆみにとって、涼という人間がたった1週間で立ち直れる程度の存在だった事実をと突きつけてくる。涼はふっと口元を歪めた。 (やっぱ……このまま、逢わねーように帰った方がいいのか? ) 涼が躊躇いがちにちろりとあゆみの方を見ると、偶然彼女と視線があった。いや、あゆみからは涼のいる場所は死角なのだから、視線が合うはずもないのだが、合った。 (やばっ) 涼は慌ててあゆみから視線を外し、素知らぬふりで持っていた携帯を眺め始めた。だが、それはどうやら無駄な足掻きだったらしく、ちりちりと柔らかい鈴の音を伴って、ぱたぱた可愛らしい足音が近づいてきた。 「え、えっと……な、鳴沢君? 」 |