カノジョと彼女 15 (結局、押し切られちまった、な) 早朝、段々と白む空をぼんやりと眺めながら、涼はぼんやりと街を歩いていた。 「けど……チケット渡しても、五月が来なかったら、意味ねーじゃん」 あの場では七世に半ば押し切られる形で今回のライブ出演を了承したものの、一人になって冷静に考えると、かなりリスクの高い賭けだと、今さらながら、涼は思った。 「来なかったら、俺、確実に晒し者だよな。ってか、恥ずかしくて死ねそうだな、俺」 あゆみが来ないライブで彼女向けのラブソングを歌う自分の姿を想像するだけで、涼は今すぐに路上に頭を打ち付けて、そのまま遠い世界に飛び立ちたくなった。 「涼様……大丈夫です。その時には、貴方様を長年お慕いしております、この峰谷 俊が五月様の代理を務めさせていただきます」 不意に聞こえた、背筋を凍らせるような不吉な言葉に涼が思わず振り返ると、そこには峰谷が穏やかな微笑を浮かべていた。 「峰谷……代理を務めるって? 」 峰谷が一体どこから涌いてきて、いつから側にいたかを考えないようにして、涼はそう彼に問い返した。すると、峰谷はこう答えた。 「ご心配なさらずとも、私が五月様に変装させて頂いて、『鳴沢君、ありがとう。私も好きよ』と言って差し上げます」 「いや、それ、逆の意味で俺、死にたくなる」 いくら峰谷が顔立ちの整った青年かつ完璧な女装を施すとはいえ、普段の彼と本物のあゆみを知っている佐山たちならすぐにその正体を見破られるだろう。そうなると、純粋にあゆみが来なかった場合よりも、もっと恥ずかしいことになる。 「……ならば、五月様に必ず来て頂けるように、私に策が」 「……策? 」 涼は怪訝そうに峰谷を見つめた。普段、峰谷は本当に常識のある世話係だ。だが、自分のことになると、その常識が綺麗にホワイト・アウトしてしまうことがある、困った一面がある。だからこそ、涼は怪訝そうに峰谷を見つめた。 「……いえいえ、学校帰りにちょいと車に乗って頂くだけですから」 「五月が嫌って言って、抵抗したら? 」 「あはは……涼様、私がそんなヘマをやらかすとでも? 勿論、事前にほんの少しだけお薬を嗅いで、お眠りになって頂いた後で車にお乗せするんですが」 「ば、ばかっ! それ、誘拐だろ? 」 予想を裏切らぬ峰谷の返答に、涼は思わず頭痛を覚え、まともな常識人が周囲にいない我が身を一瞬呪った。だが、そんな涼の苦悩を知らず、峰谷は更にこう続けた。 「いえいえ、誘拐なんか致しません。ご自宅のご家族には『ライブ終了後にはちゃんとお返ししますので』と丁重に連絡を差し上げますし、帰りはご自宅までお土産をつけてお送り致しますよ」 「いや、それ……いくら体裁を繕ったところで、立派な誘拐だろ。警察に通報されたら、速攻でアウトだっつーの」 「大丈夫ですよ。その連絡で『警察に通報なさったら、どうなるかはお分かりですね』と前置きして――」 「峰谷、お前……誘拐犯になりたいのか? 」 「まさか、好き好んで犯罪者になるなど、確かに物好きと言えば物好きですが、私もそこまで物好きではございません」 「なら、今言ったことは絶対に実行すんな」 「承知致しました……それならば、涼様が五月様にちゃんと来て頂けるように、ご自分で何とかなさって下さいませ」 「はぁ? 」 その場で固まってしまった涼を尻目に、峰谷はすっと懐から一枚のメモ用紙を取りだした。そこには家電らしき番号とともに、曜日ごとに異なる時間帯が書かれていた。 「これ……」 「五月様のご自宅の電話番号です。あと、五月様が確実に電話にお出になる時間帯です。ご存知のことでしょうが、五月様は全寮制の学校に行かれておられます。それゆえ、金曜日の夜から月曜の朝までしかおられませんが、いくらお忙しい涼様でも電話をかけて、謝罪なさるお時間くらいは捻出できるかと――」 お前は一体どこでどうやって調べてきたんだと突っ込みたくなったものの、それで峰谷が機嫌を損ねて、メモ用紙を引っ込められても困るので、涼は黙ってそれを引ったくった。そして、きっと峰谷が知っているであろう、涼自身があれからずっと気にしていたことを、彼に訊ねた。 「五月は……あれから、どうした? 」 「え? ああ、あれからですか……ずっと、階段の踊り場で泣いておられました」 峰谷の言葉で、脳裏に鮮やかなあゆみのイメージが浮かび、涼は咄嗟に走り出していた。 |