カノジョと彼女 14 そうした会話を交わした後、涼は結局、七世のマンションで彼女と過ごした。ただ、いつものように無心に七世と戯れることはなく、彼女が借りてきた恋愛映画のDVDをぼんやりと肩を並べ、ただじっと観ていた。 「へぇ……お前もこんなの観るんだ」 物語の冒頭、涼がぼそりと隣の七世にそうどこかからかうような口調で問いかけると、彼女は黙ってこくりと頷いた。普段の七世なら、そこで「悪い? 」と軽いパンチが飛んでくるのだが、今夜の彼女はそんな涼の軽口にも頷くだけの反応しか見せず、画面をじっと見つめていた。 (変な奴……コイツも何かあった? ) 画面を食い入るように見つめている七世の横顔に、涼はふっと苦笑いを浮かべた。 「……ねぇ、リョウ」 物語が終わり、エンディングテロップが画面に流れ始めたのを見計らったように、七世がぼそりとそう呟いた。 「ん? 」 「あたし……リョウのこと、スキよ」 「……はぁ? 」 突然の七世のそんな告白に怪訝そうな表情を浮かべつつ、涼はじろりと彼女の方を見た。だが、七世はそんな涼の怪訝そうな眼差しに気づかないふりをして、更にこう続けた。 「今のリョウにあたしは一番お似合いだと思うわ……ねぇ、試しに付き合ってみる? 」 「おいおい、七世。冗談もほどほどにしとけよ」 「あらぁ、リョウ、冗談だと思う? 」 「ああ、特に性質(たち)の悪い冗談だろ」 「ふふっ、結構本気よ。それに、リョウはサツキちゃんフったんでしょ? もう、別にあたしと付き合ったって困ることないでしょ。ねぇ、あたしと付き合ってよ? 」 七世はそう言うと、真剣な眼差しでじっと涼を見つめた。その眼差しは七世の言葉が嘘や冗談でないと涼に告げていた。 (げっ、ナナセ……本気っぽい? ) 七世の突然の本気の告白に、涼は慌てて彼女から離れて、冷たい口調でこう返した。 「無理」 「どうして? 」 「……訊くなよ」 「『サツキを忘れて、お前と付き合うなんて、出来ない』って言いたい? 」 「理解ってんなら、言うなよ」 「だけど、リョウ、『迷惑だ』って、サツキちゃんをフッちゃったんじゃん。なら、他の娘より、気の合うあたしと付き合った方がよくない? 」 「…………」 涼は七世の言葉に思わず黙り込んだ。確かに七世の言うとおりかもしれない。しかし、いくらあゆみを自分からフッたとはいえ、まだ彼女の面影は、募った想いは涼の胸の中で分量を間違えて固まり切らないゼリーのようにぐずぐずと揺れながらも、崩れない。 「……バカ、嘘よ」 不意に七世が涼の額を指先でピンと弾いた。 「え? んだよっ」 「ごめん、ごめん……だけどさ、以前(まえ)にあたし言わなかったっけ? 『他人様のモノをかすめ取るような、ケチな真似は嫌い』って。今のリョウの心はフッてもやっぱ、サツキちゃんで一杯なわけでしょ? それって、リョウの心はサツキちゃんのモノってことじゃん。まぁ、リョウとはまぁまぁ上手くやってけそーだけど、心は別の女のモノじゃ、あたし無理だから」 「……お前も他人のこと、言えねーじゃん。お前の心だって、ヤツハで一杯なんだろ。つまり、ヤツハのものだってことだろ」 「そ……だけど、ヤツハにはもう家庭があるし、子どもだっている。だから、あたしは同じ理由で彼にはもう関わらないって決めてる。誰かのモノになった後でどんなに『好き』だの『愛してる』だの、『守りたい』だの言ったって、遅いのよ、リョウ」 「おい、ナナセ。俺も以前に言ったけど、俺たちは――」 「理解ってるわ、元々あたしたちは他人同士。だけど、あたし以外の誰がリョウにこんなこと言えるの? 」 「……けど、どんな顔して五月の所に行くんだよ? きっと、その、気まずいだろうし」 「まぁ、確かに気まずいわよね……あっ、そだ! あと1ヶ月後の話だけど、ウチら主催のイベントやるから、前座で歌わない? 」 「はぁ? 」 「で、そのチケットをそのサツキちゃんに渡してさ……ステージで告白すればいいのよ」 「げっ……い、いや、それは恥ずかしいだろ。そ、それに俺の一存じゃ決められねーし」 「大丈夫っ、HPからメールで『プリンセスのナナセ』から『ROA』に出演依頼するし。リョウはそれまでに、ちゃんとサツキちゃんへのラブソング、作っておいてよ」 |