カノジョと彼女 12 「随分とまた、薄情なカノジョだなぁ、涼」 一目散に逃げていくクミの背中を眺めながら、瀬ヶ谷が涼の肩をポンと叩いた。瀬ヶ谷は父親である治彦の幼馴染みであり、涼にとっては数少ない苦言を呈してくれる大人だった。しかしながら、クミとの戯れを邪魔された涼はそんな瀬ヶ谷の手を肩から振り払うと、不機嫌さを覆い隠した微笑でこう答えた。 「ああ、そうだな。けど、一つ訂正すると、あれもカノジョじゃねーんだ」 「はぁ……いつか、お前、確実に刺されるぞ」 「ったく、耳タコだぜ、そのセリフ……ところで、警視庁捜査一課の警部殿がこんな繁華街でフラついてていいのか? まさか、所轄の少年課か地域課に配置換えになったのか」 涼は瀬ヶ谷の少し淋しくなった頭部をぺちぺちと叩きながら、ニヤニヤと笑った。 「残念だがハズレだ。街でお前の顔を見かけたから、『帰れ』と声をかけただけだ」 「はん。んな声かけられるにせよ、綺麗な婦警だったら嬉しいけど、ハゲのおっさん刑事(デカ)だから、帰る気が失せちまう」 「綺麗な婦警に『帰れ』と言われて、帰るような奴か、お前? 」 「残念ながら、違うな。でも、その綺麗な婦警がお持ち帰りされてくれんなら、帰ってもいいぜ。俺の家に」 「……家って言っても、お前の部屋だろ。だいたい、お前のような小僧の誘いにほいほい付いてくる婦警なんぞおらんだろ? 」 「そう思う? でも、この前、俺、婦警さんに逆ナンされたけど? 」 「いい加減なことを……」 「いや、マジで。クラブでぼーっとしてたら、普通に……」 「に、偽物かもしれん」 「いや、普通に手帳とか見せてくれたし……写真もあるから、確認すりゃいいさ」 涼はそう言いながらぱちりと携帯を開いて操作し、瀬ヶ谷にその画面を見せた。 「な……」 画面に映っていたのはベッドに満足げに寝そべる、全裸の女性だった。瀬ヶ谷はその女性の顔に見覚えがあるらしく、低い声でそう呻くと、頭痛を堪えるように額に手を当てた。 「確か、ミユキとかいう女だったっけ。香宮署の交通課にいるとか……」 「涼、これ……い、一体いつの時のだ? 」 「え? いちいち憶えてられっか……データとしては、2ヶ月前に撮影してるみてーだけど。あっ、あと動画もあるけど、見る? 」 「写真に動画……もう、ワケが分からん」 瀬ヶ谷が思わず頭を抱えた。というのも、 先日、瀬ヶ谷の部下であるショウダという若い刑事が「高校時代から付き合ってて、今度結婚する女性(ひと)です」と紹介されたのがミユキであり、更に「結婚式には出てくださいね」と頼まれたばかりだったからだ。ショウダは今時の若者らしかぬ、真面目で誠実な青年だ。婚約者が自分より若い少年をクラブで逆ナンして浮気をしたと知ったら、あのショウダは何をするか分からない。 「ああ……」 「何、俺、マズいことやらかした? 」 「マズいも何も……ワシの部下の婚約者だぞ、その女。涼、お前って奴は――」 「はぁ? それ、俺が悪いわけ? いや、だって『据え膳喰わぬは男の恥』って言うだろ? 『食べて』って誘われたら、誘われてやんねーと、可哀想じゃん。ってか、俺はコイツが彼氏持ちだとか、その彼氏って奴が瀬ヶ谷っちの部下だってことは知らなかったんだぜ」 「知らないにせよだ……お前、こういう写真やら動画なんか撮って、何するつもりだ? 」 「え? そりゃ……仕事の資料」 「お前の仕事? 」 「ん……まぁ、小遣い稼ぎ程度だけど」 「お前の小遣い稼ぎ程度か……まぁ、ワシの月給以上だろうに。で、何をしてる? 」 「ネット配信で、大きいお友達向けのゲームっての、作ってる。これが結構儲かるんだよな」 「……お前、最低だな。だ、だいたい、こういう写真やら動画やらを撮られてるとは、相手も思わないだろ。だ、だいたい、お前は安易に肉体関係を持ち過ぎだ」 「いや、コトが終わった後で訊くと、みーんな普通に『いい』って言ってるから、問題ねーよ。それに、今回の件は別として、他のは瀬ヶ谷っちに迷惑かけてねーじゃん。それに……俺は自分からは誘わねーよ。あっちからの誘いに乗ってるだけさ」 「だからって……お前、本気で誰かを好きになったこと、ないだろ? 」 (いるさ……けど、もうアイツに触れちゃいけねーから、汚しちゃいけねーから) 「お前……可哀想な奴だな、本当に」 瀬ヶ谷のその言葉は、あゆみへの想いを断ち切れない涼の心へ深々と突き刺さった。 |