愛情と復讐の天秤 3 「若奥様、今日は天気もいいですし、お散歩に……」 ここ数日、トイレ以外はベッドからほとんど動かないせいだろう、サキムラがそう誘ってきた。 だが、風花は布団を頭から被ったまま、サキムラの誘いを刺刺しい高飛車な言葉で撥ね付けた。 「行きたくない。一人にして」 「しかし、あの……」 「うっさいのよ、ババア。用事があれば呼ぶ……出てって」 「……はい」 サキムラが酷く気落ちした足音を立てて病室を出て行ったのを見計らい、風花はふっとベッドから起き上がった。 「ごめんなさい、サキムラさん」 きっと今まで親身になってくれたあのサキムラのことだ、投げつけられた自分の言葉や態度に酷く戸惑い、傷ついたに違いない。ただ、今後のことを考えれば、冷たく接して、愛想尽かしをされた方がお互いの為だと風花は知っていた。何しろ、もうすぐ自分はココからいなくなる予定で、サキムラが自分に愛想尽かしをしていれば、その時はきっと悲しくも何ともないだろうから。 「……風花、ちょっといいか? 」 サキムラが出て行ってしばらくした頃、純平がどこか遠慮がちに病室に入ってきた。 「どうぞ」 純平はどこかばつの悪い表情を浮かべたまま、ベッドの脇にあるイスへと腰掛けた。 「その様子だと……まだ、菜穂さんに話せてないんですね、子どものこと」 純平の態度から風花はそう判断し、あからさまな失望を深い溜息で表現した。すると、純平は慌てて言い訳を始めた。 「い、いや……ほら、まだアイツ、情緒不安定だって言うしさ。その、出来ればもう少し時間が経ってからでもいいと思うんだけどな。だって、まだしばらくは産まれないわけだしさ」 「随分とお優しいことで……」 風花は皮肉めいた口調でそう吐き捨てると、そのまま横になって布団を頭から被った。 「い、いや、あのな……今の菜穂から子どもを奪っちまったら、きっとアイツ、壊れちまうと思うんだ。子どもが心の支え、ってのかな。だから、もう、しばらくは見守らねーか? 」 純平のその言葉に「ふざけるな」という言葉が今にもぽんと飛び出して来そうになるのを、風花は必死で耐えた。菜穂と目の前にいるこの男はあの夜の自分から「心の支え(あの子)」を何の容赦もなく奪っていったというのに、何故自分がそんな連中を思いやらなければいけないのか。 ――私から「心の支え」を奪ったのは、あんたたちじゃない―― 布団の中で風花が言葉にならないそんな叫びを押し殺していると、ぼろぼろと熱い何かが流れていく感覚が頬を伝い、獣のような湿っぽい唸り声が唇から零れそうになる。しかし、それを純平には見せたくなかった。理解されたくもなかった。いや、きっと純平には永遠に自分の気持ちを理解などできはしないのだと風花は顔を布団に押しつけたまま、声を殺して泣き続けた。 |