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第7章
愛情と復讐の天秤 4

 
 「……風花」
  布団を頭から被ったまま、風花は声を殺して泣いているようだった。それが判っているのに、何も出来ない自分が酷く情けない。純平は唇をくっと噛んだまま、傍らのイスへと深々と座った。菜穂から子どもを奪うことが彼女から心の支えを奪うことだと口にしたことが、風花のまだ生々しい傷に塩を塗り込んだのだと今さらになって気付く。しかし、今の菜穂の精神状況等を考えれば、そう言わざる得ない状況だったのだと、風花には伝えておかねばならなかった。
「……風花」
「……ひとり、に、してください」
  布団の中からぽつりと聞こえた、くぐもった湿った声。純平は思わず、その震える身体に手を伸ばした。布団越しに伝わってくる風花の身体の感触は依然と比べて大分柔らかかったものの、純平がよく知っているそれよりも固くて、儚げであった。
「……ごめん」
「…………」
「けどな……話を切り出して、菜穂が受けるショックを考えりゃ、なかなか言えねーんだ。お前だって、その気持ち、理解るだろ? 」
「…………」
「なぁ、風花」
「……な、い」
「え? 」
  純平がそう聞き返すと、風花は布団の中から湿った声でこうきっぱりと言い放った。
「理解りたくも、ない……どうして、私のあの子を殺した女を気遣う必要があるんです? 」
  風花の発した「私のあの子」という言葉がずっしりと純平の胸に重くのしかかった。
「風花、俺だって……」
  事実を知ったのは最近のことだが、やはり自分も辛いのだと純平は口にしようとした。嘘のように思われるかもしれないが、それは事実だった。だが、風花は酷く低い声でそれを遮った。
「俺だって……何ですか? 結局、あなだだってあの女と同罪。今更、父親面なんかしないで下さい。結局、あなたにとっても、あの子のことなんて、所詮他人事なんでしょうから」
  風花から吐き捨てるように投げつけられた言葉に、純平は返す言葉を見つけられなかった。
「あの女と同罪」、「あの子のことは所詮他人事」、それらは風花にとって、確かな事実なのだろう。だからこそ、風花はあの子の死をずっと一人で抱え込み、一人で逝こうとしたのだろうか。
「出てって下さい。もう、あなたの顔も見たくないし、声も聞きたくないので」
  布団から顔すら見せようともせず、風花は冷たくそう言い放った。それは悲鳴にも聞こえた。
「だから、ちゃんといつかは話すよ。ただ、まだその時期が来てないだけで――」
「…………」
 純平の言葉に風花は答えなかった。風花に自分は完全に拒絶されたのだと純平は理解っていた。


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