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第7章
愛情と復讐の天秤 1

 「……お前、何考えてんだっ! あの女の子どもを引き取るなんて、正気の沙汰とは思えねーよ」  
 菜穂の子どもを引き取るつもりなのだと風花が告げた時、修二は受話器の向こうでそう怒鳴った。風花自身、確かにそれは「正気の沙汰」とは思えない行動だという自覚はあった。今回の件についての、修二のどうしようもない怒りも、純平たちのとてつもない戸惑いも理解できる。
 「ん、正気の沙汰じゃないかもしれない……」
 「よく考えろよ。その、お前がそうしたい気持ちは理解らねー訳じゃねーよ。けど、けどよぉ」  
 修二が言葉を濁す。その真情は複雑なのだろうと風花も理解っていた。これまで「死」に向かっていた自分の意識が、子どもを育てるという選択によって「生」へと転換したことはこれまで散々説得し続けてきた修二にとっては喜ばしいことだろう。だが、その子どもが「死」に意識を向けさせた連中の子どもとなると、そうそう素直に賛同できないのだろう。それに、育てている途中で憎しみに駆られ、子どもに手をかけてしまう可能性も否めないとでも思っているのだろう。
 「……ありがと。けど、育てたいんだ、子ども。もう、私自身が産めない、からさ」
 「だ、だったら、アイツの家の親戚から養子かなんか貰うとか、考えりゃいいだろ。何でよりにもよって、あの女の子ども、なんだよ」
 「……復讐、だよ」  
 風花は酷く冷たい声でさらりとそう言い放った。その一言で、受話器の向こうの修二が凍り付いているのが伝わってくる。風花は酷く楽しげな口調で更にこう続けた。
 「私があの女の子を育てさせて欲しいって言ったら、あの人の表情、完全に凍り付いてたわ。まぁ、当然よね。子どもを産めなくなった妻がその原因になった愛人の子を育てたいなんて、何を企んでいるのかって思わない方が変よね」
 「ちょい、待て。お前が子どもを産めないって……アイツが言ったのか? 」
 「違うわ……ただ、多分知っちゃったんだと思うわ。だからこそ、よ」
 「つまり……子どもは復讐の道具、なのか? 」
 「そうとも言えない。母親になりたいって気持ちもあるのよ、実際。私ね、子どもを引き取ったらね、二度と菜穂やその関係者には絶対会わせないし、近づかせたりもしないわ。だって、私の子どもだもの……父親やその関係者も同様よ。私、子どもと一緒にどこか静かな町で暮らすつもりよ。本当の親子として――」
 「つまり……お前は、その子をそこの家とは一切関係ない、自分の子として育てるってことか? そ、それって、場合によっては誘拐になっちまうかもしれねーよ」
 「そうよ……ねぇ、修ちゃん。お願いがあるの」
 「な、何だよ」
 「私と一緒に……子ども、育ててくれないかな? 父親として」  
 風花のその言葉に対して、修二はしばし黙り込んだ。ある意味での乳児誘拐という犯罪の片棒を担いで欲しいと頼んでいるのだからと当然だった。そして、長い間の後、修二が口を開いた。
 「理解った……住む家やらの手続きはこっちで探しておくから、心配すんな」

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