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第6章

停滞する現在と加速する過去 7

 「……あ」  
 ミチルからの言伝だという封筒の中身を確認した瞬間、風花は微かに声を上げた。封筒の中身、それは黒い紙製の箱だった。そっと蓋を持ち上げて中身を確認すると、、筆や墨、硯や文鎮などといった書道の道具が整然と納まっているのが分かった。
 「……憶えてて、くれたんだ」  
 それはあの晩、ミチルと交わした約束の品だった。思わずそんな呟きが唇からふっと零れてしまったことに気づいて、風花ははっと自分の口を両手で押さえた。この箱を届けてくれた純平がまだ部屋にいたのを、すっかり忘れていた。だが、純平にはどうやらその呟きは聞こえなかったらしく、口を押さえた風花を怪訝そうな表情で見つめてきた。
 「……ん? どうかしたか? 」
 「別に……何でもありません。届けて下さって、ありがとうございました」
 「あ、ああ……そ、そうか」  
 純平は風花が持っていた箱の中身をちらりと見ると、一瞬哀しげに表情を歪めた後、ふっと微笑んだ。そんな純平の態度に、風花は何となく嫌な予感がした。菜穂に刺されて以来、純平が過剰過ぎるほど自分に気を遣っているのは感じ取れる。だが、それと同時に別のことでも気を遣っているかのように思えるのは、ただの邪推だろうか。第一、あの子の供養のためにミチルがくれた写経セットを見て、純平が一瞬表情を歪めたのは何故だろう。だからこそ、風花は探りを入れることにした。
 「あのぅ」
 「ん? 」
 「……菜穂さん、どうなるんですか? 」
 「え、あ……な、何なんだ、藪から棒にっ! 」  
 まさか菜穂のことを訊かれるとは思いもしなかったのだろう、純平は明らかに動揺した様子を見せた。動揺している純平に更に揺さぶりをかけるように、風花は淡々とした口調でこう言った。
 「以前、菜穂さんがいらっしゃった時……お腹にあなたの子どもがいると仰っていた、から」
 「……い、いや、そ、それは」
 「あの時は、ただ私に揺さぶりをかけるための嘘だと思っていたんですが……その、あの時、『アンタさえいなければ、この子はっ! 』って仰っていた、から」
 「…………」
 「今、こうして落ち着いて色々と考えてみると、あれって事実なんだろうなって思ったんです。だから、菜穂さんがどうなるのか、お腹の子どもがどうなるのか、気になったんです」
 「……しばらくは出て来れねーよ。子どもは産まれたら、一応俺の子かどうか調べる予定で、けど、結果がどうであれ、その、あっちの実家で育てることになってるから」  
 純平のその説明で邪推を確信に変えると、風花は子守唄を歌うような優しい声でこう告げた。
 「一つお願いがあります。あなたの子どもだったら……私に育てさせてくれませんか? 」

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