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第6章

停滞する現在と加速する過去 5

 「……ふーちゃん、こんにちはっ。今日は調子どうかな? 」  
 ミチルが相変わらず元気な声で病室に入って来たのを確認すると、風花は小さく目礼をした。以前なら多小困ったような微笑を浮かべてでもミチルを出迎えたのだが、今はそれすらも億劫だ。
 「……そんなに、悪くない、です」  
 何とかミチルの質問に酷く疲れたように答える。最近、誰かと一緒にいるだけで、関わるだけで疲れる。そのせいで、サキムラにも用事があったら呼ぶと言ってあり、特に何もない日はほとんどの時間を病室で一人過ごしている。
 「……そう。でも、誰かと話したりするのは、疲れる? 」
 「ん……疲れるって言うより、面倒で。もう、眠いから横になります」  
 ミチルの言葉に風花は起き上がっていた身体を再びベッドに横たえ、すっとシーツを引き寄せた。最近は疲れやすくなっているし、どんなに長く寝ても、しばらく起きていると酷く眠いのだ。
 「そう……それじゃ、そのまま話、聞いてくれる、かな? 」
 「何の話、ですか? 」  
 すぐにでも眠りの闇へと沈みそうな意識を何とか引っ張り上げ、風花は話を促した。すると、ミチルはこう言った。
 「……ふーちゃんさ、あたしの所に来ない? 」
 「え? 」
 「ほら、あたしって一人暮らしだし……買い物はほとんど宅配の業者と通販に頼んでるのよね。だから、ふーちゃんがさ、家に居ても、誰とも関わらなくていいと思うのよ、今よりは」
 「今よりは……でも、それが許されるわけ、ないじゃないですか」  
 風花の脳裏に小夜子や純平の顔が浮かぶ。多分、あの親子(ひとたち)は私を自由にはさせてくれない、ミチルの所になんか行かせてくれないと、風花は何となく理解っていた。
 「そうね……けど、今回こんなことがあったでしょ? 一応、あの女は暫く臭いメシを食べなきゃなんないみたいだけど、出て来た時が心配だから、さ」
 「ああ、そのこと、ですか……あの女(ひと)だって、そうバカじゃないでしょう。それに、子どももいるんだから――」
 「だから、なおさらよ……あの女がふーちゃんを狙ってくるかもしれないじゃない。自分の子どもイコール純の子どもだって言い張ってるんだし。刑を終えたら、きっと押しかけてくるわよ」
 「その時は……私自身が、もう、いないかもしれないですよ」  
 風花が何気なくそう答えた言葉に、場の空気とミチルが凍った。だが、そんなことは意にも介せず、風花は更にこう続けた。
 「だって、二度あることは三度あるって言いますよね。二度も死にそうになったんだから、三度目がないって言う方が可笑しいですから」
 「ふー……ちゃん」  
 ミチルの言いたいことは判っていた。だが、風花は何も気づかぬフリをして、目を閉じた。

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