停滞する現在と加速する過去 4 あれから、風花の様子はまた昔の生きた人形状態へと逆戻りした。いや、ある程度の受け答えは無表情でもするから、以前よりはマシだろうとも言われるかも知れない。だが、その直前まで、風花が旅行の話に微笑んでいたことですら、まるで夢か幻だったかのように純平には思われた。 「……純」 深夜、診察室でカルテを書いていると、不意にドアがノックされ、ミチルが入ってきた。 「ミチル姉……何だよ? 」 「これ、ふーちゃんに渡してくれる? 」 ミチルはすっとやや大きめの茶封筒を純平の鼻先に突き出し、穏やかに微笑んだ。 「何、これ? 」 「ふーちゃんならすぐ判るはずだから」 ずしりと重い封筒の中身をミチルは純平に教えるつもりはないらしい。だが、純平もそこでは引き下がるつもりは毛頭無い。ただ、しつこく訊ねるのも逆効果だろうと、話題をわざと変えた。 「なぁ、ミチル姉」 「何よ? 」 「……ミチル姉はさ、どうしたら風花が救われる、と思ってる? 」 「救われる……ね。多分、ふーちゃんは誰からの救済をもう望んでない。ただ、あの夜のことを自分の罪として背負っていくだけしか、償うことしか、考えてない」 「その、罪ってさ……どうやったら、償えると思う? 」 「さぁ……ただ、仮にその償うための行為を見いだしたとしても、それで本当に罪が償えるかどうかなんて、判りっこないでしょ。最終的には気持ちの問題、だから」 「風花の腕の傷さ……あれ、やっぱり、子どものことを償うための――」 「多分、そうね。でも、大分薄くはなったわ……ただ、それで風花ちゃんの贖罪の気持ちが薄れてると判断するのは、危険だわ」 「それは理解ってる……実は、周囲の話じゃ、アイツ、菜穂にわざと刺されたっぽくて――」 「でしょうね。だって、あの女、『あいつさえいなけりゃ』って連行されるまで泣き喚いてたんでしょ。ふーちゃん、それを敏感に感じ取って、『ああ、それならお望み通り、いなくなってやるわよ』って気になったんじゃない? だから、わざと刺されたんじゃない」 「それじゃ……誰かが望めば、アイツ、生きてくれるの、かな」 「そうね……『私が側にいてあげなきゃ』って思えるような存在があれば別でしょうけど。ただ、今のふーちゃんにそんな存在はいない。だったら、わざわざ刺されたりしないでしょ」 「…………」 ミチルの言葉は尤もだった。今回の騒動は、今の風花には『側にいてあげなきゃ』と思える存在が、大事に思うような存在がいないという事実を露わにした。だが、その事実が分かったというのに、純平やミチルには為す術がない。純平は低い声でただ呻くしかなかった。 「……どうすれば、いいんだよ」 |