停滞する現在と加速する過去 3 あれから、一体どのくらい眠っていたのだろう。風花が目覚めた時、病室はすでに暗くしんと静まりかえっていた。 「アンタさえいなければ……」 そう言って菜穂はナイフを突きつけてきた。だから、「いなくなれ」という菜穂のお望みどおり刺されてやった。ただ、それだけのことだった。それなのに、自分を刺した菜穂の表情といったら、まるで悪戯をしてとんでもない騒動を巻き起こした子どものように真っ青だったのだけが記憶にくっきりと焼き付いている。刺す覚悟もないくせに、ナイフなんて持ち出すなと、この場にいない菜穂に対して、風花はうんざりした表情を浮かべた。 「……っ! 」 風花はベッドに横たわったまま、病室をのろのろと一瞥した。相当重傷だったのだろう、口元に取り付けられた酸素マスクや「大げさ」だと言われかねないほど、ベッドの側にずらりと並んだ医療機器に微苦笑を浮かべる。 「……誰か、呼ばないとね」 風花はそろそろと枕元までコードを伸ばしてあった、ナースコールボタンを押した。すると、その拍子にズキリと傷が痛んだ。 「……っ! 」 その途端、声にならない声が唇から思わず零れる。いつからだろう、こうして声を殺すようになったのは、声を上げて痛みを訴えることを罪悪のように感じるようになったのは。風花はふっと遠い目をして、子どもの頃のことを思い出していた。 「……ふーちゃんは、いたいの、きらいなんだね。すぐにいたいの、おわるのに」 小学校で予防注射を受ける度にこの世の終わりのように泣いた風花を年上のミチルが少し困ったようにいつもそうあやしてくれていた。記憶の中の風花はそんなミチルの言葉に、甲高い子どもの声ではなく、今の風花のそれ、酷く低い嗄れた声で呻くようにこう呟いた。 「痛いのは嫌い……でも、言うとなおさら痛いことが増えてくだけだから、言わない」 純平や菜穂から毎晩のようにいたぶられた。悲鳴をあげればあげるほど、純平たちの暴力が強まっていくのを風花が理解するのにそれほど時間はかからなかった。だから、どんなに痛くても、声をあげないようにした。それしか、自分を守る術がなかった。 「……ずいぶんと、薄くなったわね」 腕に残る自傷行為の後を指先でなぞりながら、風花はぼそりと呟いた。悲鳴をあげないという自分を守る術を身に付けてからは、不思議としか言えないのだが、まるで麻酔でも打たれたように、段々と痛覚が鈍っていった。そして、子どもを喪った、あの夜から全ての感覚はまるで分厚い半透明の膜に完全に遮断されたように、身体の痛みは何も感じなくなった。しかし、それでも、子どもを喪った悲しみや痛み、自責の念だけは決して消えることはなかった。だからこそ、そんな自分を罰するように、あの頃の自分は相変わらず自傷行為を続けていたのだろう。 「……でも、薄れないのよ。あの子を守れなかった、殺してしまった、罪だけは」 |