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第6章

停滞する現在と加速する過去 1

 「っと……持って帰る荷物はこれで全部か? 」  
 クリスマスをあと数日後に控えた日曜の午後、風花の病室では純平が嬉々とした様子で、年末の外泊の準備を始めていた。そんな純平の様子にサキムラは何かを言いたげな表情をふっと浮かべたが、風花がただ微笑んでいるせいか、口を噤んでいた。
 「……ああ、家の方は多少リフォームしたんだぜ。お前が好きそうな、日当たりのいいロフトも作ったんだ」
 「……日当たりのいい、ロフト? 」
 「ああ、日中はそこで過ごしてりゃいいだろ。まぁ、すぐに旅行に出ちまうけど」  
 純平の口調がどこか浮かれたものであるのと対照に、風花の心は酷く醒めきっていた。日当たりのいいロフトなんか、今の風花には居心地の悪い場所だった。薄暗くじめじめと湿った黴臭い空気の漂う地下室の方がよほど落ち着く。それに、だいたい、年末に旅行に行くこと自体、その途中で修二の手引きでさっさと純平を始めとした連中とおさらばする計画の第一段階に過ぎないのだ。
 「風花? どうかした、のか? 」
 「……別にどうも。ただ、菜穂さんのこと、がちょっと気になって――」  
 風花はしおらしく、不安げな声でそんな嘘を紡いだ。
 「菜穂? ああ、アイツとは綺麗に別れたって言ったろ。 もう、お前が心配するようなことは何もねーから」  
 純平のそんな言葉に対し、よくもまぁ、そう白々しく醜い嘘がつけるものだと、風花はふっと弱々しげな微苦笑を浮かべた。純平は風花の表情の陰りに何かを感じたらしく、唐突にこう提案してきた。
 「……なぁ、風花。お前が退院したらさ、犬か猫、飼わないか? 」
 「え? 」
 「その……アニマルセラピーって奴? その、実際、家に帰って暮らし始めると、その、嫌な記憶とか蘇ってくることがあるかもしんねーだろ」
 「私に世話、できるかしら? 」  
 自分の子どもも守りきれなかったというのにという、純平が気づかない皮肉を込めて、風花はそう首を傾げた。
 「だ、大丈夫だよ。風花、昔から世話とか好きだったろ。動物とか、子どもとか――」  
 子どもというフレーズを口にした瞬間、純平の表情がほんの一瞬陰ったのを、風花は見逃さなかった。だが、それを追求して、自分の痛い腹を探られるのはどうしても避けたかった。
 「……ううん、今は自分のことで精一杯だから、動物の世話なんて出来ないと思う。結論は、もうちょっと落ち着いてからでいいでしょ」
 「ああ……」  
 風花は純平が自分のその返答をどう受け取ったのかは判らなかったが、彼があっさりとそう引き下がったことに安堵したのだった。  

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