秘めたる良心と露わなる悪意 6 「……一体、これからどう接すりゃいいんだ」 夜の診察室、従姉妹のミチルから渡されたカルテのコピーを眺めながら、純平は思わずそう呻いた。カルテには風花の妊娠、流産という一連の事実がただ、淡々とした筆跡で綴られている。純平はミチルからカルテを渡された先程のやりとりをふっと脳裏に浮かべた。 「……あの夜の処置の間、『あの人には何も言わないでください』って、ずっとずっと呟いてたのよ、ふーちゃん。まるで、何かの呪文か何かを唱えるみたいにさ」 件の風花の自殺未遂から始まったこれまで一連の出来事を純平から聞いた後、ミチルはそう言ってふっと天井を仰いだ。それはミチルがどうしようもない怒りを必死で堪えている時に取る行動だと、純平は経験上よく知っていた。 「呪文? 」 「……まぁ、自分を保つための暗示とも言えるかもしれないわね。『あの夜のことをアンタに知られてない』ってことだけがふーちゃんの今の唯一の心の支えなんだよ。だから――」 ミチルはそこで言葉を濁し、じろりと純平を睨み付けた。 「……俺が事実を知ったってことを、絶対に気づかれるなってことだろ? 」 「はん、んなのアンタには無理でしょ。アンタに出来るのは、さっさとふーちゃんを解放してあげることくらいだわ。勿論、彼女が今後十分暮らせるくらいの慰謝料つきでね」 「バ、バカなこと言うなよ……さ、さっき、復縁話が進んでるって話、したろ? 」 「あのさぁ……それ、『嫌です』ってはっきり言えないからじゃないの? 理由を訊かれたら困るしさぁ」 「理由なんて……菜穂とのことがあれば十分だろ? でも、そのことについて、菜穂には慰謝料だの何だのって話にはなったけど、俺には」 「当の本人目の前にして、『慰謝料が欲しい』なんて、ふーちゃんが言うと思う? だいたい、ふーちゃんはあんたが怖いのよ」 「俺が怖い? 」 「あのねぇ……アンタ、自分がふーちゃんにしたこと、ちゃんと理解ってる? 」 「……理解ってる。だから、もう傷つけねーように、大事に――」 「だから、アンタに関わられること自体、ふーちゃんにとっては恐怖なのよ。それも理解らないわけ? もうアンタはふーちゃんを不幸にするだけ、幸せにはできない! 」 「黙れっ! 」 「いいえ、黙らないわ。小夜子おば様にも言ったんだけど、ふーちゃんの体調が落ち着いたら、あたしの家に引き取るわ。そうじゃなきゃ、ふーちゃん、まだ同じことになりかねないから」 「ん……んなことはねーよ。大事にするさ、今までの分も含めて、ちゃんと――」 「はん……口先でならいくらでも言えるわ。ともかく、いい、これ以上ふーちゃんにしつこく付き纏ったりしないでよ。ふーちゃんが大事なら、別れてあげるのが一番なのよ」 ミチルの言葉を何度も何度も繰り返しながら、その晩、純平は診察室で過ごしたのだった。 |