秘めたる良心と露わなる悪意 4 「オフクロ、ちょっといいか? 」 純平が小夜子の元を訪れた時、彼女は酷く難しい顔でカルテを見つめている最中だった。 「……あら、純。どうしたの? 」 小夜子はカルテを読むのをやめ、ふっと純平の方に向き直り、穏やかに微笑んだ。 「ふ、風花のことなんだけど――」 「何、またまさか余計なことしたんじゃないでしょうね? 」 「ちがっ……その、菜穂の子どものこと、まだアイツには言わないでくれないか」 「ああ、あの女に子どもがいるって話……まったく、誰が言うもんですか」 「な、ならいいんだけど……あと、年末年始なんだけど――」 純平は年末年始における菜穂の自宅来訪の可能性を口にし、彼女とのこれ以上の関わりを出来るだけ避けるためにも、その期間は風花とどこかへ旅行に行くつもりだと小夜子に説明した。 「なるほど……年末年始に家に押しかけるってこと、あの馬鹿女ならやりかねないわね」 菜穂の顔をふっと思い浮かべたのだろう、小夜子は酷く苦々しい表情を浮かべ、そう言った。 「ああ」 「でも、それを風花ちゃんにいつまでも隠し続けるわけにいかないってのは理解ってるでしょ」 「けど、今の状態で伝えるのは……すげー、マズいと思ってる」 「まぁ、風花ちゃんなら『私はいいですから、菜穂さんと結婚してあげてください。そうでなきゃ、生まれてくる子どもが可哀想です』って言うの、目に見えてるから」 小夜子は酷く淋しげな表情を浮かべ、溜息をついた。そんな母親の横顔を眺めているうちに、純平の脳裏には、先日菜穂が言い放った、あの言葉がまざまざと蘇った。 ――……あの女、もう子ども産めない身体らしいわよ。可哀想にね―― 「な、なぁ、オフクロ」 「なぁに? 」 「その……すげー、馬鹿げたこと、訊いていいか? 」 「純、馬鹿げてるって理解ってるんなら、訊かなきゃいいじゃない……で、何? 」 「その……風花ってさ、子ども――」 「風花」と「子ども」というフレーズが出て来た瞬間、小夜子の表情がほんの一瞬強張るのを、純平は見逃さなかった。だからこそ、それ以上訊いてはいけない気がして、純平はそこで口ごもった。菜穂の戯れ言を真に受けて、「子ども、生める身体だよな」などとわざわざ小夜子に訊く自体どうかしているのだ。純平はかぶりを振ると、慌ててひらひらと手を横に振った。 「い、いや、やっぱいい。よく考えたら、すげー馬鹿げてるから、口にするのも恥ずかしいし」 「何? 一度口にし始めたんなら、最後まで、言いなさいっ」 純平の言葉を促す、小夜子の声が酷く震えていた。母親のそんな様子は、純平に菜穂の言葉が嘘ではなく、真実なのだと突き付ける。しかし、それでも、やはり信じたくない事実だった。 「う、嘘だよな……なぁ、嘘だって言ってくれよ」 |