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第5章

秘めたる良心と露わなる悪意 3

 「……年末に温泉、ですか? 」  
 予想通りの純平の申し出であったが、風花は驚いた様子を装った。純平が差し出したパンフレットに視線を走らせながら、問い返す。最近崩していた体調も段々良くなってきたし、温泉でのんびりと年越しするのもいいだろうというのが、純平の主張だった。
 「そう。駄目、か? 」
 「駄目というか……私の一存では決められませんよ。お義母さんにも訊かないと」
 「オフクロだっていいって言うさ。それに年末年始って挨拶とかで来る奴が多いから、家だとゆっくり出来なさそうだしさ」  
 純平はどうやら年末年始に自分にとって都合の悪い誰か、いや菜穂が家に来ることを警戒しているのだろうと風花は微かに口元を歪めた。先日の修二からの情報によると、菜穂は相当焦っているらしい。
 『修ちゃんに後で連絡しなきゃ』
 風花は純平の言葉を聞くフリをしながら、先日の修二との電話での会話を思い出していた。純平との殴り合い以来、修二は病院に出入り禁止になった。しかしながら、それを気の毒に思ったサキムラが連絡役を買って出てくれ、彼女の手を通じて、修二からの見舞いの品などが時折届けられていた。その見舞いの品の中に、サキムラにも気づかれないように、修二が自分名義の携帯電話一式を潜ませてくれたおかげで、電話で直接連絡を取れるようになっていたのだ。
 「あの焦りようだと……場合によっちゃ、お前、刺されるかもよ」
 「刺される、ね……確か、元日は雪が降るって予想だったわよね。雪が血で染まって紅白、まぁ、正月早々めでたい死に方で、面白いかもね」
 「風花、お前……」
 「いやね、質の悪い冗談よ。それに、センセーだってそこまで考えなしじゃないでしょうに。多分、どっかに行く計画を立てるはずだわ」
 「まぁ、確かに……で、どうする? 」
 「旅行に行く日程と時間帯が決まったら、また連絡するわ」
 「ああ……けど、いいのか? その、サキムラさんを裏切る、ことになるんだぜ」
 「……理解ってる。でも、よく考えてみれば、サキムラさんだって元々センセー側の人間だわ。裏切る、裏切らないの問題じゃないわ」
 「だけど……」
 「修ちゃん……私だって、サキムラさんを裏切るのは苦しい。だけど、このチャンスを逃したら、ずっとここで飼い殺しされるんだって思うとね――」
 「そうだな……それに、こうして携帯電話で連絡とってるのも、ある意味で裏切りだよな。ともかく、当日まで計画がバレないように、お互い気をつけよーぜ」  
 風花がふっと我に返ると、純平は彼女が回想していたことにも気づいていなかったらしく、「どこへ行こうか」などと一人で子どものようにはしゃいでいた。そんな純平が憐れに見えた。

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