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第5章

秘めたる良心と露わなる悪意 2

 「……何しに来た? 」  
 非番の朝、自宅を訪れた招かれざる客に純平は怒りを露わにしてそう問いかけた。
 「あら、何しにって……子ども部屋の支度に決まってるじゃないの」  
 菜穂はやや目立ち始めた腹部を撫で回しながら、あっけらかんとした口調でそう答えた。
 「……誰がそれを許した? 」
 「あら、許すも許さないも……だいたい、この子は藤崎家にとって唯一の跡取りになるのよ? 」
 「お前の子が俺の子だって証拠はねーんだろ? 第一、風花が産んだ子が跡取りであって――」
 「ふふふっ」
 「何がおかしい? 」
 「……純、もしかして、知らないの? 」
 「な、何だよ? 」
 「……あの女、もう子ども産めない身体らしいわよ。可哀想にね」
 「なっ……い、言うに事欠いて、いい加減なこと言うなっ! 」
 「あら、嘘じゃないわよ。お義父様とお義母様、サキムラや看護師連中はみんな知ってることよ」
 「う、嘘だ」
 「あら、そんなに疑うなら、あの女に訊いてみたらいいわ。『俺の子を産めるか? 』ってね」  
 菜穂はそう笑うと、純平の横を通り抜けて家に入り込もうとした。純平は菜穂のそんな言葉にショックを受けながらも、辛うじて家に入ろうとする彼女の身体を押し退けた。押し退けられたことへの不快感を露わにしながら、菜穂は少しヒステリー気味に何かを喚いた。
 「黙れっ! 」  
 純平はそんな菜穂をそう一喝した。風花がもう子どもを産めない身体だなんて、菜穂の根拠のない戯れ言に違いないと純平は必死で自分に言い聞かせ、どうにか外門まで彼女を押し出した。
 「……酷いっ」  
 わざとらしく泣き真似をしながら、菜穂は純平の胸に縋ろうとした。だが、純平はそんな菜穂の手を振り解き、冷たくこう言い放った。
 「だから、お前とは終わったんだよ……いい加減なことを言って、俺にもう付きまとうな!」
 「純は優しいから、風花を切り捨てられないんでしょう。そんなところもあたしは大好きなんだけど……そんなに嘘だって言い張るんなら、お義父様たちに訊けばいいじゃないっ! 」
 「言われなくてもそうするさ……さぁ、さっさと帰れ」  
 純平は吐き捨てるようにそう答えると、菜穂に背中を向けた。だが、菜穂はしつこい女だった。
 「そう……だったら、あたしが言ったことが事実だったら、風花と別れるって約束して」
 「はぁ? 寝言も休み休み言えよ……じゃーな。二度と来んな! 」
 「ま、待ってよ、純っ! 」  
 なおも食い下がろうとする菜穂の言葉を完全に無視し、純平は玄関のドアを強く閉め、呻いた。
 「嘘だよな、風花……ああ、絶対、嘘だ。そう、決まってるっ」

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