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第5章

秘めたる良心と露わなる悪意 1

 いつの間にか、病室の窓越しに見える街はクリスマスカラーに染まっていた。
 「クリスマス……もう、そんな季節、なのね」  
 あの夢を見て以来、風花は忘れていた幼い日々を段々と思い出しつつあった。家族と過ごしたクリスマスもそんな楽しい思い出の一つだった。しかし、それは今や失われた日々、幻である。両親の死を、あのウサギのことを忘れていたのは、きっと憶えていたら自分の心が壊れてしまうと幼い自分が無意識に判断した結果だろう。その判断は幼い自分にできる賢明な選択だったのかもしれない。ただ、あの時に完全に心を崩壊させていたら、藤崎家に養女として引き取られることも、純平と結婚することもなかったという、とりとめのない思いはあった。
 「……まぁ、考えても仕方ないこと、よね」  
 風花は口元を歪め、ふっと淋しげな微笑を浮かべた。最近、サキムラは病棟内のスタッフが足りないとかで、風花の側を離れることが多くなった。それは風花にとって、数少ない理解者を奪われたような、心細い感情さえ覚えさせた。自分のそうした感情の芽生えに、風花は眉を顰めた。何故なら、その感情は当初の「自分を消す」という風花の目的を危うくするものだったからだ。
 「……バカ、みたい」  
 孤独だったはずだった。もう誰にも頼らず、静かに消えていくつもりだった。それなのにサキムラに依存しつつあった自分に向かって、風花は低い声でそう呻いた。いつまでもここに居てはいけないと、理解っている。警備の緩くなった今がチャンスだということも理解っている。しかし、その一歩が踏み出せない。自分がいなくなった後の、サキムラのことが気にかかるせいだ。
 「……若奥様、ただいま戻りました」  
 そんなことを風花がぼんやり考えていると、サキムラが慌てて病室に駆け戻ってきた。急いで戻って来たのだろう、サキムラの息はあがり、頬は子どものそれのように真っ赤に染まっていた。
 「おかえりなさい……もう、そんなに慌てなくてもいいのに」  
 風花がそう言うと、サキムラは静かに歩み寄り両手で手をそっと握ってきた。
 「いえ、こうしてお側を離れている間に先日のように、バカな小娘でも来て、若奥様に何かあったら、大変ですから。それに、若奥様がふっといらっしゃらなくなるような、そんな、気がして」
 「菜穂さんもそこまでバカじゃないでしょうに。それに、私がいなくなるって……サキムラさん、私には藤崎家しか、帰る実家(いえ)がないのよ。どこにも行きようがないでしょ? それより、もうツリーの飾りつけは終わったの? 」
 「はい、おかげさまで。そうだ、今からでも見に行かれませんか? 今年は去年にも増して、綺麗に仕上がってますよ」
 「ありがとう……そうね、少し暖かくなったら、連れて行ってくれる? 」
 「ええ、喜んで! 」
 自分のその言葉でサキムラの表情がぱっと明るくなったのを見ながら、風花は彼女に気づかれようにこっそりと微かに唇だけを動かした。もう、覚悟を決める時期だと自分に言い聞かせた。
  『ごめんなさい、サキムラさん』

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