幾つもの嘘と一つの真実 7 風花は夢を見ていた。それは、自分の今にも壊れそうな心を護るために、風花自身が無意識に記憶の奥底に閉じこめた、あの夕方の、忌まわしい出来事の夢だった。 「おとーさん、おかーさん、ただいま……って、うさぎ、さん? 」 友人の誕生会から元気よく帰ってきた幼い風花を玄関で待っていたのは、優しい両親の笑顔ではなく、見慣れない白ウサギの着ぐるみだった。 「ああ、うさぎさんだよ。ふうかちゃん、こんにちは」 ウサギの着ぐるみは甲高い男の声でそう風花に挨拶すると、まるで風船か何かを手渡すように、彼女の小さな手に自分が握っていたものをそっと渡した。 「これ、なぁに? 」 「いいこのふうかちゃんに、プレゼントだよ。だけど、まだ開けちゃ駄目、だよ」 ウサギが手渡したのは、何かが入っている黒いビニール袋だった。渡された袋はずしりと重く、中身が気になったが、ウサギに「開けちゃ駄目」と言われたものだから、その代わりにそれをじっと見つめ、風花はきょとんと首をかしげた。白ウサギはそんな風花の頭を撫で、言った。 「それからね、ボクがここにいたってことは、だれにもナイショだよ」 「うんっ。そだっ、おとーさんとおかーさん、うさぎさん、しらない? 」 「ああ、あっちでつかれておねんねしてるよ」 「そっか。じゃ、おこさないようにしなきゃ」 「いいこだね。それじゃぁ、さようなら」 風花の問いかけにウサギはすっとリビングの方を指さし、のそのそと玄関から出て行った。風花はウサギに手を振った後、彼が指さした薄暗いリビングへと飛び込んだ。ぷぅんと花火をした後の独特の匂いと一緒に、酷く生臭い匂いが部屋中に漂っていた。その生臭い匂いは父親が患者から貰った魚をさばく時にしていた匂いと同じだった。 「おかーさん? おとーさん? 」 窓際のソファーとカーペットの上でそれぞれ仰向けで寝ころんでいる両親を見つけ、風花はそちらに駆け寄った。すると、ぴしゃりと何かの液体が靴下を濡らした。恐る恐る風花が片足を上げて靴下を見ると、真っ白だった靴下が赤黒く染まっていることに気づいた。 「おとーさん、おかーさん……」 その赤黒さは風花の幼い心を今にも泣きそうな不安に浸し、彼女をそこへと更に近づかせようとした。しかし、風花の足はその意志に反して、それ以上進むことを拒否した。動かない足の変わりに、風花はおそるおそる今の位置から見える、両親の様子を観察した。父親の白衣と母親の白いエプロンがまるでペンキでもかぶったように、赤黒く染まっているのが薄闇の中でもよく判った。 「おとーさん? おかーさん? 」 風花は今にも泣きそうな声でそう呼びかけた。だが、両親からは何の返事もない。まるでよく出来た人形のように、ただ紅く染まった身体を硬直させ、白い目を剥いているだけだった。 |