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第4章

幾つもの嘘と一つの真実 6

 「……私がご一緒しながら、申し訳ありませんでした」
 「いえ、いいのよ……“あのこと”を貴女には話していなかった、私が悪かったのよ」  
 サキムラと小夜子が廊下でぼそぼそとそんな会話を交わしているのを聞きながら、純平はベッドですやすやと眠っている風花を見つめていた。
 「……風花」  
 激しい頭痛を訴えて外出先で倒れた風花だったが、病院で行った詳しい検査では異常なしという結果が出た。それを見た後、純平の父親である純一はそれが心因性のものだろうと診断した。
 「まぁ、ここ1年の間に風花ちゃんを取り巻く環境は急激に変化したからな。そのストレスが今になって出て来たんだろう。今はゆっくり休ませてあげなさい、純」  
 まるで純平を納得させるためだけに作られたような理由をつけ、純一は病室を出て行った。そんな父親の態度とさっき母親がサキムラに言っていた「“あのこと”」がどうも関係しているような気がして、純平は両親を今すぐに問い詰めたかった。しかしながら、あの両親のことだ、物分りのいい顔はするが、結局何も教えてはくれないのだということも、純平はよく理解っていた。
 「……なぁ、風花。お前、どうしちまったんだ? 」  
 サキムラの話によれば、風花は雑貨店のぬいぐるみを見た後、急に頭を抱えて倒れてしまったらしい。心因性ということは、何か「ぬいぐるみ」にまつわる出来事で風花にとって何らかのトラウマがあり、それが彼女の健康に影響を及ぼしたのだろうか。
 「……ったく、どうすりゃいいんだ」  
 純平は低い声でそう呻いた。そういえば、両親は風花が可愛いものは大好きだったのを知っていたが、他の可愛らしいものは買い与えても、絶対にぬいぐるみの類は買い与えなかった。
 「風花ちゃんがね、辛いこと、思い出すから」  
 幼い頃、どうして自分よりも幼かった風花にぬいぐるみを買ってやらないんだと訊いたことがあった。きっと、同世代の他の女の子の家にはぬいぐるみがあったのに、自分の家にはひとつもそれがなかったという単純な理由で訊いたのだと思う。その時、小夜子がちょっと困ったような表情を浮かべ、悲しそうにそう答えたことだけが記憶にある。その辛いことがどんな出来事だったのか、風花の夫となってからも、純平は知らないまま、いや知らされないままだったのだ。見知らぬ家に引き取られたばかりの幼い風花を思えば、それくらいの配慮は必要だったと思うし、その時にそうした配慮を両親がどうしてしなかったのかと、今さらながら純平は疑問に感じた。
 「……純」  
 サキムラとの会話を終え、病室に入って来た小夜子が純平の肩に手を置いてきた。
 「なぁ、オフクロ……“あのこと”って何だよ? 」
 「そう、さっきの話を聞いていたのね……いいわ、“あのこと”については全部話すわ」  
 小夜子は静かに頷くと、静かに“あのこと”について語りだした。小夜子がわざと「“あのこと”については全部話す」という含みのある発言をしたことに純平は少し引っかかった。だが、そんな前置きの後、小夜子が語りだした「“あのこと”」は純平にその疑念を一気に忘れさせた。  

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