!DOCTYPE HTML PUBLIC "-//W3C//DTD HTML 4.01 Transitional//EN">
第4章

幾つもの嘘と一つの真実 5

 「……わぁ、何だか賑やかだわ」  
 外出許可を与えられた風花が訪れたのは、郊外にある大手系列のショッピングモールだった。
 「……はい、若奥様。それより、あの――」  
 サキムラは先程から自分たちとすれ違っていく子ども連れの客たちをちらちらと気にしながら、風花の表情を伺った。風花はそんな風にサキムラが自分に気を遣ってくれることに有り難いと思う反面、それを少しだけ鬱陶しく感じた。だが、それは言葉にも態度にも出さずに微笑んだ。「死児の齢を数える」という言葉があったが、どうやらそれは事実らしい。先程から、この世界を見ることさえ出来なかったあの子のことを風花はずっと考えていた。もし、あの時、逃げていれば、今頃は、今目の前をすれ違った母親のように、ベビーカーを押してこうして買い物に来ていたかもしれない。あの子に似合う子ども服を、持ち物を探していたかもしれない。だが、そんなことを何度考えたところで、もうどうしようもない、あの子は死んでしまったのだ。風花自身、それは痛いほどよく理解っている。どんなに自分を責めても、泣いても、喚いても、傷つけても、あの子は戻らない。しあkし、親子連れを目にする度、風花はそう考えずにはいられなかった。
 「若奥様」  
 きっと風花が何を考えているかなどお見通しだったのだろう、サキムラはどこか淋しげな微笑を口元に浮かべ、静かに彼女の肩に手を置いた。そして、穏やかにこう提案した。
 「確か、若奥様は可愛らしい雑貨がお好きでしたよね? この先に可愛らしい雑貨のお店があるんです。行かれませんか? 」
 「そうね……行ってみようかしら」  
 風花はサキムラの提案に静かに頷き、彼女の案内でショッピングモールの隅にある店へと入った。店内はパステルカラーのインテリアで統一され、可愛らしい雑貨がちんまりと並んでいた。
 「わぁ、可愛いぬいぐるみ」  
 風花は店先に積んで置いてあった、アザラシの子どもを模した、白いぬいぐるみを手に取った。ぬいぐるみ特有の柔らかさとその毛の柔らかい手触りに、自然と風花の口元は少し綻んだ。そういえば、子どもの頃の自分は何をするにも、どこに行くにも、お気に入りのぬいぐるみを抱いていたと、風花はふっと思い出した。それは数少ない、実の家族との大事な夏の一コマだった。
 「ふーちゃん、くーちゃんはおよげないとおもうよ。ほら、はやくいっしょにおよごうよ! 」  
 夏の日の海水浴場、砂浜でくーちゃんと呼ばれる白いクマのぬいぐるみを抱いている自分にそう手を差し伸べたのは誰だったのか、残念ながら思い出せない。覚えているのはその声だけだ。
 「ほら、ふーちゃん。ママがくーちゃんを預かっておくから、泳がないとね。でも、危ない所には行っちゃ駄目よ」
 「ほらほら、浮き輪を忘れてるぞ」  
 母親がそっと娘の腕からくーちゃんを取り、とんっと背中を押した。すると、父親が慌てて子ども用の赤い小さな浮き輪を上からすぽんと被せて笑った。幸せだった日々、壊れてしまったのはそう……風花が何かを思い出しかけた瞬間、彼女をこれまでにない激しい頭痛が襲った。  

<< Back   Next >>