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第4章

幾つもの嘘と一つの真実 4

 「……ねぇ、純、ちょっといいかしら? 」
 午前中の診察が終わった後、純平の元を同じく往診帰りの小夜子が訪れた。
 「えっ……ああ、別にいいけど? 座りなよ、オフクロ」
 酷く深刻そうな母親の言葉にどぎまぎしながら、純平は彼女に椅子に座るように促した。あのずる賢い菜穂のことだ。自分が一筋縄では納得しないと、きっと小夜子にも子どものことをいかにも既に確認済みのように告げたのだろうと、純平はふと遠い目をして、深い溜息を一つついた。
 「ありがと……話というのは、風花ちゃんのことよ。アンタ、どうするつもり、なの? 」
 椅子に腰掛けながら、小夜子はじっと息子の真意を確かめるような口調でそう訊ねてきた。
 「ああ、そのことなら……風花の方が復縁に前向きになってくれて、今、上手く進んでるよ」  
 純平は酷く穏やかな口調でそう前置きをした上で、にこりと笑って更にこう続けた。
 「だから、風花とは離婚しねーし、菜穂とは結婚できねーの。彼女にもそう伝えたけど」
 「そう……でも、子どもはどうするの? 」
 「いや……まず、俺の子って証拠、ねーだろ。だいたい、俺と付き合ってた頃から、他の男の影がちらちらーっとはしてたし」
 「今だから言うけど……それでよく、関係続けられたわね」  
 小夜子は呆れたような口調でそう言い放ち、じろりと純平を睨み付けた。
 「遊び、だったから……でも、そのせいで、風花を苦しめたのは理解ってる、だから――」  
 純平はそう呻いた。風花は確かに復縁を前向きに考えてくれると言っていた。だが、以前の幸せだった日々が戻ってくるという確証はどこにもない。それに、今は愛想のいい風花だが、もし菜穂が妊娠しているという事実を知ったなら、それが誰の子であろうと、また無口になり、生きた人形のような反応しか見せないかもしれないという恐怖はある。だから、風花に言えなかった。
 「それに、仮に菜穂さんのお腹の子どもの父親、貴方だって証拠が出て来たら? 」
 「……認知はするし、養育費も払うよ。でも、だからって――」  
 「引き取らない」という結論を匂わせた純平のその言葉に小夜子はほんの少しだけ淋しそうに微笑した。母親のそんな淋しげな微笑はいくら愛人の子であれ、「孫」は「孫」なのだという割り切れない思いからなのだと思った純平は慌てて明るい声でこう続けた。
 「ああ、でも……心配すんなって。風花が元気になったらさ、色々と頑張るから。きっと、風花、いい母親になるだろうし」  
 だが、そんな純平の言葉にその予想に反し、小夜子は相変わらず淋しげな微笑を浮かべ続けた。
 「な、何だよ……」  
 そんな淋しげな微笑の意味が分からず、純平は怪訝そうに母親の表情を伺った。
 「いいえ……何でもないわ」
 「っ……何でもねーわけねーよな。んなに俺が菜穂の子どもを引き取らないのが不満か? 」
 「違うわ! あんな女の子、たとえ、貴方の子であっても……ただ、風花ちゃんはもう――」  
 小夜子が吐息混じりに微かに漏らした言葉の最後は残念ながら、純平には聞こえていなかった。

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